君と、もう一度

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 ポストに回覧板が入っていた。犬猫の譲渡会があるという。  猫。妻は死んだら猫になると言っていたけれど、猫になれたのだろうか。猫になって、僕のところに戻ってくるか、子どもたちのところに行くと言っていた。色々な本を読んでいた、本好きの妻らしい発想だ。  そんなことを信じたわけではないけれど、時間を持て余しているのも事実で、近所で開催されるその譲渡会というのに行ってみることにした。  譲渡会は結構賑わっていた。そこでふと気付く。僕は、猫を飼うのか? 一番根本的なことだ。僕は別に猫アレルギーではないけれど、特別猫が好きというわけでもない。そもそも一度も生き物を飼ったことがない。そんな初老の男が気安く譲渡会などに顔を出していいものなのか。  そんなことをグダグダと考えているうちに、譲渡会を開催しているボランティアスタッフに声を掛けられてしまった。飼えるかどうか判らないと正直に伝えると、ここに居る子たちの顔を見ていくだけでもいいと、笑顔で返された。すぐに(きびす)を反すことも躊躇われて、取り敢えず一周することにした。  様々な成長過程の猫たちがケージに入れられている。ケージから出して抱っこしている来場者もいる。ああやって飼えるかどうか確かめているのだろうか。ここに居る猫たちはみんな心に傷を負った猫たちなのだろうか。一緒に居たら、傷は薄くなるんだろうか。  見てみても、眉間に消えない皺が刻まれた僕のような年寄りは猫も嫌なのだろう。ケージの中で興味ないとばかりにそっぽを向く。思わず妻との出会いを思い出した。年上の部下として入社した僕に、年下の上司の妻は最初つっけんどんだった。その態度がやっと和らいだのは出会って3年ほど経ってからだった。  気が付くと、僕は真剣にゲージの猫たちを見つめていた。ねぇ、君はどこに居るの? 猫になってまた僕の元に戻ってきてくれるんだろう?  この日、僕は妻を探しだせなかった。  * * *  この譲渡会を境に、僕はネットで検索して移動可能な譲渡会に足繁く通うようになった。  妻のファンタジーな言葉を信じたわけではないけれど、何もしないで過ごす毎日が耐えられなかったのだ。それにもしこのまま何もしないでいたら、死んだあとあの世で妻に叱られてしまう。死後の世界と云うのがあればの話だけど。  猫にも好みがあるのだろう。全般的に僕には興味がないようだ。僕と猫とは相性が悪いのだろうか。譲渡会に行くのも10回目を越えるころになるとそう感じられて、僅かに落ち込む。  妻も最初のころは気難しかったな。笑えば可愛いのに、と良く思ったものだ。笑えば可愛い。僕以外のひとには笑い掛けているのに。僕にも笑って欲しい、と思うようになったのはいつのころだっただろう。  僕に横顔を見せる猫たちに、妻との思い出が重なる。  臆病で、優柔不断な僕は、告白も、プロポーズも妻主体にさせてしまった。だから、今度こそ、僕が妻を探しだしたいんだ。  ねぇ、君はどこに居るの?
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