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やっと、見付けた。やっと出会えた。その日は運命の日だったんだろう。
僕の思い込みかもしれない。妻が猫に生まれ変わるなんて、結局のところ夢物語だ。妻を喪った僕が見ている現実逃避かも。それでもいい。
僕を見つめてくる小さな目。妻は、人の目を見つめるひとだった。付き合い始めのころ、妻の大きな目に見つめられて密かに動揺していたものだ。みんな僕を見ないなか、僕を見つめてきた小さな子猫。
ねぇ、君はこんな小さな子猫になったの?
声に出さずに呟いてみると、子猫はみゃぁと鳴いた。そのタイミングの良さに、笑えた。
ボランティアスタッフに尋ねてみると、この子猫は生後約2ヶ月らしい。そんなに小さいんだ。2ヶ月前にやっと生まれたんだ。
待ち合わせに遅刻したことのない妻にしては、珍しく大遅刻だな。僕はもう1年近く、君を探していたんだから。
* * *
子猫を家に連れ帰ると、子猫は部屋を入念にチェックした。気が済むまでチェックするといい。妻を探し始める前に比べて、家の状態は大分回復した。部屋も掃除するようになったし、冷蔵庫の中も補充して拙いながらも自炊するようになった。いつ妻を連れ帰っても大丈夫なように。
子猫は台所のチェックもしていた。あらかた点検も終わり、少し落ち着くかと見ていたら、子猫はある場所で立ち止まった。それは妻がいつも座っていた場所──台所に向かいやすい、台所に一番近いダイニングテーブルの椅子だった。子猫は椅子を見上げて立ち止まり、物言いたげに僕を見る。座りたいのか? 落ちないように椅子の中央に乗せ、僕もその場に腰を下ろす。子猫は満足そうに僕を見たあと、そこで丸くなった。
しばらくしたら満足したのか、みゃぁみゃぁと鳴いて僕を呼ぶ。小さな温もりを壊さないように、落とさないように抱き抱える。暖かい……と感じた瞬間、不意に鼻の奥がツンとした。
妻が居なくなってしまってから、この家の温もりはなくなってしまった。僕以外の温もりを喪った。妻の席だったこの椅子も、僕以外の温もりが移ることはないと思っていたのに──今日から、この子猫が暖めてくれる。
妻が、猫になってまた暖めてくれるんだ。
そう感じて、涙が止まらなかった。止めることは出来なかった。妻は、僕との約束を絶対に忘れたりしなかったから──……
子猫は黒猫だった。成長していくにつれ、部分的に白い毛になった。人間でいう前髪の部分と、耳の部分……猫の顔でいうと目の横辺り。その部分が白くなった。妻は、その部分に集中していた白髪を気にしていたのだ。わざわざそんなところを再現しなくてもいいのに。そう言うと、妻はみゃぁみゃぁと何か不服を申し立てていた。
本当に君は、戻ってきたんだね。
冷え性だった妻は、毎晩僕にくっついて寝ていた。ベッドの中で冷えきった妻の足を当てられた時はその冷たさにいつも驚いていた。僕の熱はあっという間に奪われ、一度下がってしまった熱はなかなか回復しなかったものだけど、いつの間にか寝入っていた。黒猫になった妻は、いつものように僕と壁に挟まれて寝ている。冷え性は少しは改善されたようだけど、相変わらず僕にくっついて寝る。
僕の毎日の生活は、妻が戻ってきてくれてようやく元通りになってきた。
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