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赤いワーゲンに乗った男の人に送られて、由美子さんが帰ってきたのは、日も暮れ始めた18時過ぎだった。
玄関の前で、うずくまっていた私は姉さんを目で追いかける。
由美子さんは家の隣に住む大学生だ。美人で優しくて、男の人にとてもモテる。
「さきちゃん!どうしたのこんなところで。」
私に気が付いて驚いた声をあげる。
「…失恋したの。周治が分かれたいって。うわあああん。」
こらえていた涙が、由美子さんの顔を見たとたん溢れだす。
由美子さんはしゃがみこむと私の頭をポンポンとなぜて、
「まぁまぁ!泣かないで。中に入って私の部屋でゆっくり聞くわ。」
と優しく言った。
由美子さんの部屋のベッドに腰かけて、私は今までの事を一気に話した。
同じクラスの周治と付き合って半年たつこと。
卒業したら結婚しようと誓い合っていたこと。
今日、彼から他に好きな人が出来た。と別れを告げられたこと。
話しながらも涙が止まらずに、時々鼻をかんでは視界がにじんでしまう。
全て話し終わると、由美子さんはカモミールティーをゆっくりと入れてくれた。
「そう。それは辛かったね。
失恋すると、自分に価値がなくなってしまったように思うのよね。分かるわ。」
涙で返事さえできず、コクコクと頷くだけで返事をする。
「でもね、さきちゃんの価値は何も変わらないの。
出会いって全てご縁だから、初めから決まっているのよ。私たちが女性が努力するべきことはただ一つ。何だか分かる?」
顔をあげて、由美子さんの目を見て首を振る。
「良い女でいることよ。別れを告げられても追いかけたりしてはいけない。『ただ今までありがとう。バイバイ。』それでおしまいにするの。」
「でも私、別れたくない!」
思わず悲鳴に近い声が出る。
「そうね。彼の事、本気で好きだったのね。彼がいないと生きていけないくらいに。」
由美子さんに、分かってもらえたようで安堵する。
「ただね、気を付けて。愛と執着は似ているから。一人で生きられない人に本物の恋はできないわ。本当に欲しいものは自分の力で手に入れるのよ。
今、さきちゃんはモテ時よ。バーのカウンターで、ため息交じりに失恋しちゃった。なんて呟いてごらんなさい。星の数ほどおごってくれる男が現れるわ。」
「星の数ほど?笑。そんなにもてないよ、私。」
「ふふふ。弱っているときの女性は、男心をくすぐるのよ。
さきちゃんは、いい女。今はたっぷり自分を褒めてあげて。
そのうち、彼の方からやり直したい。って言ってくるか、さきちゃんに他に好きな人ができるわ。」
そう言ったあと、由美子さんはキッチンに降りて、
「一杯だけね。」
と言ってコアントロー入りのカクテルを作ってくれた。
甘酸っぱくて、いい香りのするキレイな色のカクテル。
いい女のお酒だ。二十歳になったばかりの、さきは思う。
いつかこんなお酒が似合う女性になれる日が、来るのだろうか。
自分の感情さえもコントロールできる、由美子さんのように。
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