color.1《突然の告白》

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「……クソッ」 ガンッと音が鳴り響く。誰もいない非常階段を選んだのは、やはり正解だった。燐は、怒りを抑えきれずに壁を拳で叩いた。 「__リュウ、ボクの前から居なくなるの?」 ずるずると、力なく燐は階段に座り込んだ。窓も無く、薄暗いその場所は、ますます彼の気を滅入らせる。少しホコリっぽいし、一刻も早く退散したいのは確かだったが、 「ダメだ。逃げないで__お願い」 苦し紛れに、燐はうずくまって頭を抱えた。こんな弱っている姿、誰にも見せられない。……もう少し。もう少ししたら、いつもの自分になれるからと言い聞かせる。 燐にとって、龍は居場所だった。裏切りもせず、特別彼を好きと言ってくれる訳でも無い。ただ、気楽に話せるはずの存在。初めは、そうだった。 「……恋だの愛だの、ボクには無縁のハズなのに」 授業をもう、2コマもサボってしまった。龍に知られたら、怒られるだろうか。初めて、燐にその感情を持ってくれたのは龍だったから。 「__戻らなきゃ。戻ろう」 自己暗示のように、取り憑かれたようにそう呟いた。不安げだった燐の表情は消え失せ、次の瞬間にはいつもの微笑みが浮かんでいた。彼は若干よろめきながらも立ち上がると、ポケットから手鏡を取り出した。 鏡に映る笑顔は、自分で言うのも何だが可愛い……と燐は思っている。二重の瞳と、長いまつ毛。色素の薄い茶髪に、全体的に童顔な顔つきは、「カワイイ」と言われ慣れている。 「大丈夫。リュウを守れるのは、ボクだけ」 偽物でも良い。微笑みを貼り付けてさえいれば、燐は何にでもなれた。……本当は、弱いその心さえ、完璧に凍らせて。 「水城になんか、渡さないから」 弱さなど、微塵も感じさせないその笑顔で、燐はその場を後にした。彼が座り込んでいたその場所に垂れた涙の跡を、足で踏んで消しながら。 * 「りん?」 龍は、燐が自分の傍から離れていくのを察して、彼は体をベッドから起こした。 「あいつ……何で」 『リュウの事を傷付けてばかりの大人なんか、キミには必要無い』 __傷付けてばかり?何の話だ。 燐は、何かを知っているようだった。龍が目覚めたのは、燐が保健医と話している時だ。甲高い女の保健医の声のせいで、眠気も吹っ飛んだ。 静かな保健室。確か、保健医は会議に行ったはずだと、思い起こす。 (燐は、何で出ていったんだ?) 龍の事を頼まれていたはずなのに。そう言えば、いつも燐は自分勝手だった。中学時代、それなりに喧嘩を積み重ねていた龍に、時々ふらっと現れては思い出したように助太刀して、そしてすぐに去っていく。 実際に燐と喧嘩したことは無いけれど、その実力は相当なものだった。多分、龍でも勝てないだろう。 __キーンコーンカーンコーン…… 物思いに(ふけ)っていた龍を、現実に引き戻したのはその放送の音だった。 「げっ……俺、何時間寝て__」 壁の時計を見ると、どうやら3時限目が始まる前の予鈴のようだ。 (とにかく、水城の事とか燐の事とか色々あるけどっ!) 近くに畳んで置いてあったブレザーを引っ掴み、適当に羽織りながら龍はベッドから飛び降りた。先程の頭痛や吐き気は、睡眠を摂ることで幾らかマシになったのか、今はそれさえ嘘のように体が楽だ。 (スッキリと言えば……) 廊下を早歩きで歩きながら、ふと龍は下を向いた。思い出したくもないが、その__。水城に、自分のムスコを触られて、愚息は立派に勃ってしまった訳で。 「ん……?」 不意に立ち止まり、龍は青ざめた。している? (いや、落ち着け俺。水城が愚息に触れたとか触れてないとかそう言う話は置いとけ!) 嫌な予感がしつつも、とにかく急いで教室に戻ろうと、その歩みを進めた。 勿論嫌な予感とは、水城に抜かれたとか抜かれていないとかそういった話である。 「う、うおおおおお……」 低く唸りながら、龍は赤面した頬を隠すように手で顔を覆いつつ、彼はひたすらに歩き続けた。教室とは反対方向に。
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