color.1《突然の告白》

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* 「お帰りっ、リュウ」 ニコニコとしたその笑みが、どこまでも胡散臭い。龍は、息を切らしながらジト目で燐を上から見下ろした。いっそ清々しい程悪意の塊とも言えるその笑み。けど、やはり腹は立つ。 「お前ほんっとに腹立つ」 わしゃわしゃとその茶髪を掻き回してやると、燐はやめてー、と声を上げつつも何故か嬉しそうだ。 「リュウ、気分はどーお?」 「……最悪だよ。主にお前のせいでな」 ガクッと龍は首を落とした。何とか教室には帰ってこれたが、道中散々な目に遭った。教室を探して歩き続け、どれも同じ見た目の扉を一つ一つ外から眺めては、どこにも燐の姿が無く(他のクラスメイトの顔は分からない)ここも違うあそこも違うとやっているうちに3時限目が終わってしまった。 ようやく教室を見つけて入ったが、もう4時限目が始まりそうである。 「てか、普通にクラスプレート確認すれば良かったんじゃないの?」 ほら、と燐は教室の扉を開け、上を指さした。龍が立ち上がり、近寄っていくと、 「ほんとだ……」 『1ー2』 そう書かれたプレートが掲げてある。言われてみれば数学準備室の前にもあったし、点々と続く教室の扉の上に、プレートが見えた。 龍は再び肩を落とすと、疲れた様子で椅子に座る。燐も後ろの席に座りつつ、彼に声をかけた。 「龍、たまたまちょっと……ちょっとだけ抜けてるだけで、見、見えなかったんだもんね」 「うう……」 「だ、大丈夫だって。キミの方向音痴は今に始まった事じゃ__」 「あ?」 しまった、という燐の顔。龍は無言で燐の頭を掴むと、仕置きのようにまたくしゃくしゃと掻き回した。 「チッ……やっぱしっくり来ねえな。殴らせろ」 「ひえっ……リュウ、ヤンキー出てるから」 しまってしまって、と燐は必死で龍を宥めた。何とか落ち着かせ、咳払いすると燐はスマホを取り出す。 「おい、教室でスマホは違反だぞ」 龍が顔をしかめる。こういう所だけは妙に真面目だから、後はその口調だけ直してくれれば脱ヤンできるのに……とは、燐には口が裂けても言えないが。 「まあまあ、ちょっとだけ。あ、黒田が会いたいってさ」 黒田と言うのは中学時代のダチである。高校は確か、隣の地区の寮制の私立校だった筈だ。 「放課後か?久しぶりだな、アイツと会うの」 心無しか、龍の顔が晴れた。燐も頷き返しつつ、スマホを操作する。 「アイツの学校って男子校だろ?彼女欲しいってうるさかったのにな」 「うん……そう、だね」 生返事。燐の表情が、少し曇ったものになる。……何かあったのか?と、龍が訝しげに眉をひそめて聞こうとしたが、それより前に4時限目開始のチャイムが鳴り響いた。 ガラガラと音をたてて、教室前方の扉が開く。周囲の生徒が一斉に起立する中、龍も同様に立ち上がった。 「リュウ、これ」 背後の燐が、龍の手に小さな紙切れを渡してきた。教室に入ってきた教師の目を(はばか)りつつ、隙を見てその内容を確認する。 「……はっ!?」 思わず声が出てしまい、生徒と教壇に立った教師が一斉にこちらを振り向く。 「どうかしたかー?えっとお前は……青木、か?」 男性教師は、何かあったのかと龍に声をかけてくる。ぶんぶんと必死に首を振りつつ、 「い、いえっ……大丈夫です」 とにかく、そう伝えた。その教師はどこか疑いの目を龍に向けたままだったが、そこは上手く燐が取り成してくれる__。 「ボクのシャーペンの芯が飛んでちゃったんです〜」 ……いや、シャーペンの芯飛んでくって何だよと、龍は思った。 「?そうか。……じゃあ、取り敢えず授業の進め方について説明してくぞ」 驚き桃の木山椒の木。男性教師はさして不思議に思う訳でもなく、普通に授業の話に戻した。 (今のどこに納得したんだよ……) とはいえ、助かった事には変わりない。僅かに燐に合図を送りつつ、龍は再び手元の紙切れに視線を落とした。 『黒田が、男に告白されたって』 適当に書いてももう少しマシに書けるだろうという程、汚すぎる燐の走り書きで、何とかそう書いてあるのが見える。 (よりによって、アイツが……。このタイミングでか) 龍は、ここに居もしない黒田を心底呪った。何処までも神経に触る奴だと、些か理不尽な事を考えながら。
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