color.1《突然の告白》

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* 襲い来る眠気に耐え、4時限目からはしっかりと授業に参加した龍と燐は今、清華高校近くのファミレスに来ていた。 「ん、分かった。リュウといるから、できるだけ早く来てね」 燐が通話を終わらせてスマホを耳元から離すと、メニュー表を開きつつ、にこにこと笑う。この時間帯、他にも数名高校の制服に身を包んだ生徒が見受けられるが、誰もかれも平和そうだ。__要するに、龍が見慣れてきたヤンキーなどいない訳で。 「で、黒田はなんて?」 「ああ、先生に捕まっちゃったらしくて。ちょっと遅れるって」 「……喧嘩か?」 龍は眉をひそめた。最後に会った時、もう足を洗ったと言っていたのに。その為に、遠方の全寮制高校に入ったのだ。__龍と似たような理由である。 「ううん、頼み事だって。……ほら、昔からアイツ、何かとオカンみたいな感じでいっつも人の手伝いばっかしてたでしょ?」 「ああ……」 そう言われて、龍は妙に納得した。中学は荒れていた所だったけれど、ヤンキーの癖に良心の塊みたいな黒田は、何故か自然にそこに溶け込んでいた。 「__どしたの、龍。浮かない顔して」 店員を呼んで幾つか注文をしながら、燐は龍の顔を覗き込んだ。考え込むような仕草でをしていた事を、見られていたのだろうか。 「……いや、ちょっとな」 (聞くのは、今じゃなくてもいいか) 龍は、バレない程度に燐の顔を盗み見た。正直、喧嘩が強いタイプには見えない。どっちかと言えば守られる側、しかもそこらの女子の数倍は可愛らしい見た目をしている。総じて線の細い体に、栗のように淡い茶髪。中学時代は赤く染めていたが、高校入学を境に抜いたらしい。龍と同じだ。 __あの時。龍が、保健室で寝ていた時だ。 『悪足掻きくらいはさせてね』 そう龍の背中に語りかけた燐の声は、彼の知らないものだった。いつも陽気で明るい燐が、何でそんなに寂しげに、苦しげに呟くのかが分からなかった。 (水城に、似ていた?) 『昔から、お前を愛してる』 午前の事を思い出してしまい、龍は頬が紅潮していくのを感じた。……あの教師も、すごく苦しそうに龍を見つめていた。切なげに揺れる瞳に、息が詰まって何も言えなくなる感覚がしたのを憶えている。 (……俺の周りの人間って、何でこうも面倒くせえ奴ばっかなんだ) 無性に腹が立って、頭を掻きむしる。龍の正面に座る燐が、何事かと心配そうに彼を見つめてくるが、お構いなく龍はテーブルに突っ伏した。 「……あれっ、喧嘩中ですか?」 龍の記憶にあるよりも、随分と大人びた声が、頭上から降ってきた。苛立ちを隠しきれず顔を上げた龍に、彼は申し訳なさそうに表情を崩しながら謝る。 「__お久しぶりです、、燐さん」 「……?お前誰だ」 「ちょっ、酷いなぁ!可愛い手下の事忘れないで下さいよ。黒田ですって」 黒田と名乗った彼は、深く被っていた帽子を外す。垂れ目に、癖が強くつんつんと尖った、耳下くらいまでの黒髪。 左目の下には泣きぼくろがあって、それなりに整った顔立ちではある……はずだが、 「__お前、やっぱりそれは……」 治らなかったか、と声に出そうとして、やめた。その傷を背負わせた責任は、龍にあると思っていたから。 しかし、何を言おうとしたか黒田には伝わっていたようで、 「大丈夫っスよ、番長!ちょっとずつ薄まってきてるし、寧ろ最近は愛着湧いてきちゃって大変なんすよ?」 そう言って笑いつつ、右頬に痛々しく走る傷跡を撫でた。刃物で切られ、数針縫ったそこは、事情を知らない人からしてみれば恐怖の対象でしかない。 「__ごめん」 龍が謝ると、その場の空気が少し重たくなったが、燐が急に話し始める事で救われた。 「むしろ黒田、その傷無いとマジでヤンキーに見えないから」 「うわ、燐さんってばひっどーい!番長、助けてぇ」 おどけたように笑い、黒田は龍の腕に絡みつくようにしながら、席に座る。そのあまりにも自然な仕草で、鉛のように重たかった龍の心が払拭されたようだった。 ようやくいつもの自分に戻った龍は、燐に感謝しつつも、その言葉を聴き逃してはいなかった。 「つかお前、番長って次呼んだらコロス」 「りゅ、龍さん目が笑ってないって……」 ひええっと叫びつつ、黒田はぺこぺこと謝る。そして、ふう……と息を吐くと、疲れた様子で背もたれに体を預けた。 「高校はどうでした?お二人とも」 ああ、と龍は察した。黒田は、悩みや不安がある時、先に人の話を聴こうとする癖があるのだ。そんなに精神的に強くないのに、迷惑をかけないように無理して笑う。 燐も気付いていたのか、龍が口を開くより先に、彼の方から黒田へ宥めるように言葉をかけた。 「__学校楽しくないの、お前」
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