color.1《突然の告白》

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龍の家は、清華高校から歩いて数十分。、ごく普通のマンションだ。とはいえ、家族は住んでいない。一人暮らしである。 「……前来た時も思ったけど、リュウの家ってお金持ちだよねぇ」 しみじみと、マンションを見上げて燐が呟く。黒田も、歩いているうち大分冷静さを取り戻したのか、燐の言葉に同感だと言うように口をあんぐりと開けて頷いた。 一方で龍は、そうか?と、首を傾げる。 「姉貴がうるさくてさ。ちゃんとした所にしろって」 「ああ……リュウのお姉さんって、世界中飛び回ってるモデルさんだっけ?」 燐が、思い出したように声を上げた。龍は頷きつつ、マンションに入るとまずはエントランスのロックを解除する。番号は……龍の姉が勝手に決めたものだ。 「えっ!?ばんちょ……じゃなかった、龍さんのお姉さんって、モデルなんですか!?」 黒田が、半ば興奮したようにそう問い詰めてくるから、龍はやや気圧されたように彼から距離を取って、渋々頷いた。 「そうだよー?確か……RYUUKAって名前で活動してる」 「ふぇっ!?マジですか!?」 「__何だ、お前。姉貴の事知ってんのか?」 泣いていた事が嘘のように、やたらとテンションが上がる黒田。そう言えば、中学時代もよく、メンズ雑誌の他に女性向けのファッション雑誌も見ていたっけと、龍は思い出した。実際黒田との付き合いは一年と少しくらいのものだが、彼のファッション好きには何度も巻き込まれたものだ。 「そりゃそうに決まってるじゃないですか!RYUUKAさんと言えば、ここ数年で確実に人気を伸ばしている新星モデルですよ!?あれ?でも、あの人って……」 マンションのロビーに入り、エレベーターを待ちながら、ふと黒田はスマホを取り出した。__多分、調べたい事はひとつだろう。 だから、龍はさっさと先に話した。事情を知る燐がこちらを気使うように見ていたけれど、別に隠すような事でも無いから。 「……血は、繋がってねえよ。義理の姉だから」 龍の姉の本名は、押切 明日香(おしきり あすか)。勿論、母親側の姓だとか、そういう事ではない。血が繋がっていないのだ。二人は。 黒田は、聞いてはいけなかった事のように口をつぐみ、申し訳なさそうに顔を歪める。 「すみません龍さん、俺知らなくて__」 気にするな、と龍はその表情を和らげ、黒田の肩を叩く。姉は確かに血こそ繋がっていないものの、仲が悪い訳じゃない。寧ろ、このマンションの家賃を立て替えてもらったり、清華高校を受ける事を両親に説得してくれたり、そもそも授業料も全て彼女が払ってくれているのだから、感謝してもしきれない程だ。口が裂けても、言葉にはできないが。 その旨を伝えると、黒田は納得したように頷いて__そして、やはり落ち込んだように肩を落とした。 「気にすんなって。ほら、エレベーター来たぞ」 無理やり黒田の背中を押してエレベーターに乗せると、カードキーをかざし、階を選択する事無く目的地へと向かっていく。 燐は、楽しげにガラス張りのエレベーターがどんどん上へと昇っていくのを、壁に寄って眺めている。一方の黒田は、できるだけ離れて外を見ようとしない。体もぶるぶると震えて顔色も悪い。 「__高所恐怖症だったの忘れてた……」 (いや、忘れるなよ……) 内心そう突っ込みながら、龍は無慈悲に黒田に告げた。 「俺の家、55階だけどどうする?リビング、ガラス張りなんだけど」 半ば揶揄(からか)うようにそう告げると、黒田は絶望したように龍の方を見上げ、 「う、嘘ですよね!?」 慌てふためく。そして何より、その状況を面白おかしく思ったのか、燐が黒田の名前を呼ぶ。 「あっれ〜?(ケン)ちゃん、高いとこダメなんだっけー?こりゃ、弟君達に顔向けできないね!」 「うぅっ……。昔遊びに行った遊園地で、ジェットコースター一人で乗ってからトラウマなんスよおおおっ!頼むから、弟達には言わないで下さいね!?燐さん!」 目を手で覆いながら、恐らく燐がいるであろう方向に叫ぶ黒田。……残念、そこに燐はいないのだが。 燐は、妖しげにその瞳を細めると、しゃがんでいる黒田の背後に音も無く近寄る。そして、 「__ふふっ、賢也(けんや)、目ェ開けてごらん」 彼の背中を押し、ガラス張りの壁に近寄らせる。抵抗する黒田の両腕を押さえながら、無理やり目を開かせた。因みに、龍にはそれを止める気も起きない。燐の口調が妙に色っぽいのは気になったが。 「ひっ……!いやあああっ!やめてくださいいいっ!ちょ、助けて龍さんっ!ばんちょっ!」 黒田はその目に、超高層マンションの下に広がる街並みが見えている事だろう。もちろん、綺麗とかそんな感情より恐怖が勝つだろうが。 「あっははは!ほらほらーこれくらい見れないと弟君に嫌われちゃうよー?」 「ばんちょお………もう、無理ぃ……」 助けを求めてくる黒田が、流石にちょっと可哀想な気もするけれど、燐が楽しみだした時点でもう既に終わっているようなものだ。 (どんまい!黒田……!) 心の中で憐れみつつ、エレベーターが55階に到着し、その扉が開くと、龍は先にさっさと降りた。 「ほら、来いよ。二人とも」 「はぁーい」 燐は楽しげに、黒田の力が入らなくなった体を放り捨てると、軽い足取りでエレベーターを降りる。 「ちょっ!置いてかないでええ!燐さあああんっ!!」 すっかり、へっぴり腰で半泣きになってしまった黒田の叫び声は、遥か下の階まで聞こえていたとか、いなかったとか。
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