color.1《突然の告白》

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「ふーんふふんふん~」 鼻歌を歌いながら、燐はカバンに手を突っ込んだ。スマホを取り出すと、連絡が一件。 誰からのものか確認した途端、不機嫌に顔が歪められる。赤みの強い琥珀色の瞳が、見たくなかったものを見たかのように閉じられた。 軽快だった足取りも、エレベーターを降りてロビーを歩いていくうち、徐々に重くなっていって__止まった。 燐はふと、ガラス張りの壁の向こうを眺めた。日が落ちてきて、空の青と朱色の境界線があやふやになってきている。眩しそうに目を細めその風景を眺めた後、視線を地上へとずらした。 見るからに高そうな黒塗りの高級車が一台、マンションの脇の道路に止まっていた。見た事があるような、無いような。嫌な記憶が蘇り、まさか、と眉をひそめる。 (……いや、遠目だったしね。流石にここ(マンション)の所有者って訳でも無いでしょ) 気のせいだ、とその場を去ろうとし__その高級車から降りてきた人物を見て、思わず頭を抱え込みたくなった。 その人はズカズカと遠慮無くマンションの入口までやってくると、来客用の呼び鈴を鳴らす。……ロビーにいたコンシェルジュが、彼を見た途端慌てたように外に出ていった。 燐は柱に隠れると、二人の会話を盗み聞きした。コンシェルジュはやや焦ってはいたものの、彼の柔らかい物腰に徐々に落ち着きを取り戻して、笑顔で対応している。 「……という事なので、マスターキーをお借りします」 「__(かしこ)まりました。御案内は?」 「いえ、必要ありません。__部屋は分かっていますから」 「承りました。__こちら、マスターキーになります、白川(しらかわ)様」 斜め45度の丁寧なコンシェルジュのお辞儀に頷くと、白川と呼ばれたその男は、手馴れた様子でマスターキーを受け取り、マンションへと入ってくる。__咄嗟に燐は顔を俯かせ、確かめるように彼の横を通り過ぎた。 (ああ……やっぱり) プラチナブロンド、いや、トゥヘッドと言う方が正しいだろうか。白金の__ほぼ白に近い金色の絹糸のように美しい髪。グレーがかった青色の瞳。白粉をまぶしたように、どこまでも透き通るように白い肌。子供らしさと、溢れ出る色っぽさが備わったその顔は、思わず燐も見惚れる程だった。 すれ違う瞬間、白川がちらりとこちらを見たような気もしたが、燐は早歩きで彼から遠ざかる。マンションを出て、逃げるように距離を置くと、ゆっくり振り返った。 「__嘘、でしょ?……帰ってきてたんだ」 燐は気持ちを落ち着かせるように一呼吸つくと、我に返ったようにスマホを取り出した。電話__いや、もう手遅れかもしれないが。 __呼出音の後、不機嫌そうな龍の声が聞こえてくる。 『どうした?バイト遅れる__』 「……いい?龍。今、君の家に来る人がいるけど、絶対に扉開けちゃダメだよ?てか、黒田だけ放り出せばいいから」 食い気味でそう言うと、電話の向こうで何やら大きな物音が聞こえてきた。うわっ!?という悲鳴は、黒田のものだろう。 『は?何だそれっ……おい何やってんだ黒田!__チッ、切るぞ、燐。早くバイト行けよ!』 それだけ言うと、一方的に通話を終わらせてしまった。燐はスマホから耳を離しながら、はあっとため息をつく。 「どーなっても知らないよ……。にしても黒田、何であんな奴に目ェつけられたかなぁ」 黒田と同じ、私立高校の制服。確かそこの理事長は日本人だが、彼の奥さんはスウェーデン出身の筈だと、遠い昔の記憶を思い出す。彼女は、白に近い金髪を携えた美貌の持ち主だった。息子にそれが遺伝したと考えればしっくり来るし、何より燐は白川の顔を見た事があった。 白川家と言えば、旧財閥で、財閥解体の後もその一角を残し続けた名家だ。__つまり、黒田が目をつけられたのは超金持ちの御曹司……という事になる。しかも、美人の。 「__まあ、ボクが決める事じゃないし」 燐は、諦めたようにそう吐き捨てて笑った。黒田を憐れむ気持ちも無いわけではないが……。男同士でも彼なら玉の輿だろう。うん、問題無い。 ……楽観的に捉えつつ、燐は再び歩き出す。駅に着く頃には、もうすっかり黒田の事など頭から抜け落ち、今日の夕飯の後は何のデザートを食べようか、という事しか考えてはいなかった。
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