color.1《突然の告白》

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* 「おい、黒田ー?生きてるかー?」 ひらひらと顔の前で手を振っても、反応を返さない黒田に苛立って、龍は思わず彼の尻を蹴りあげた。 「痛っ………!!ちょ、何ですかっ龍さんっ!!ケツ割れるじゃないスか!!」 その場に崩れ落ちた黒田は、身悶えながら必死に尻をさする。恨みがましく龍を睨んでくるが、 「あ?ケツは元々割れてるっつうの。つうか、もう一発殴らせろ」 「いやあああっ!暴力反対ー!!」 ポキポキと指の関節を鳴らしながら上から見下すと、黒田は焦りと恐怖で悲鳴をあげながら、脱兎のごとくリビングへと逃げていった。 「……チッ、現金な野郎だな」 しばらく喧嘩していないせいか、つい禁断症状が出てしまう。久々に体を動かしたいし、黒田の体格は龍からすれば丁度良いサンドバッグなのだ。 龍が玄関からリビングに戻ると、黒田はソファに座ってスマホを弄っていた。の割に、その顔は戦々恐々とし……龍が近付いていくと、慌ててスマホをポケットに隠してしまう。 「__やばい、龍さん」 「あ?何がだよ」 「俺、帰らなきゃ。アイツが……」 青ざめながらそう言うと、床に落ちていた帽子とカバンを手に持って立ち上がる。その瞳は不安げに揺れ、焦りで手は僅かに震えていた。 「は?帰るのは良いけど……お前、大丈夫か?」 「な、何がですか?」 こちらに目を合わせず、バタバタと慌てて玄関に向かう黒田の肩を、龍は引き止めて、振り向かせる。龍より随分高い身長の割に、その体は触れるとビクリと揺れる。__落ち着かせるように、龍はその手に力を入れた。 「__お前、そんなにソイツの事苦手なら告白?だっけ、断りゃいいじゃねえか。……少なくとも、俺なら好きな奴にそんな脅迫まがいな事はしない。今自分がどんな酷い顔してんのか鏡でも見てみろ」 (さと)すように、穏やかな声で、けれど鋭い視線のままで龍が黒田にそう告げる。すると彼は一瞬驚くように龍を見て__小さく笑みを漏らした。 「龍さんは、変わりましたね。……俺と違って、優しくて強くて真面目なのは同じだけど、__何だろう、あの時とは違う」 ……あの時?(いぶか)しげに眉をひそめた龍に対して、黒田は誤魔化すように首を振った。そして、そっと肩にかかった龍の手を外す。 「……俺、アイツの事放っておけない」 黒田は、視線を僅かに龍から逸らしながら、右頬の傷をそっと撫でる。まるで、大切な思い出を振り返るように。そっと、優しく。 「__嫌いじゃないんです、アイツの事。でも、それが恋愛感情なのかが分からない。年下だから、俺の場合妹と弟がいるから、それと同じようにただ面倒をみたいだけなのかもしれない」 「__ああ」 相槌を打つと、黒田は傷を撫でた手を、強く握りしめた。充血するほど力強く、そしてふっと脱力する。 「男同士だし__俺は普通に女のコが好きだし。……でも、アイツは真剣なんだ。その気持ちを、踏みにじれない」 ねえ、龍さん。答えを求めるように黒田にそう話しかけられ、龍は首を傾げた。 「もし、龍さんが俺の立場だったらどうしますか?出会って数日の男に、そういう意味で告白されたら」 黒田の珍しく真剣な顔に、龍は顔を俯かせる。 『……愛してる』 甘い囁き。自信満々の笑みを浮かべたかと思いきや、そう龍に呟いた彼の顔はどこまでも寂しげで、悲しそうで。__迷子の子供が、母親を探し続けているかのように、今にも泣きそうだった。 (水城……) 咄嗟に、振り払ったその手。簡単に離れた水城の手は力強く、でも決して龍を傷つけようとしてくる訳ではなかった。 (俺は……俺なら……) 龍は、言葉を選ぶようにゆっくりと、黒田のその問いに返事をした。 「__俺なら、どう、だろうな。……聞くかな。……何で、俺の事好きなのって。でも多分、そいつの事拒否するのはダメだと思う。本当に自分の事が好きなら、きっと傷つくから。話聞いて、そいつと向き合う。__そいつの事、知ろうとする」 龍は、顔を上げた。__黒田は、驚いたように目を見張った後……そっと、笑みを滲ませた。何かに気付いたように、自信の無かった瞳に色が宿る。ヘタレと呼ばれていた中学時代より随分と大人びたその顔を、龍は喝を入れるように叩いた。 __パチンッ (いささ)か強かったようで、黒田は声にもならない悲鳴を上げかけたが、龍の知ったことではない。 「……まあ、お前の事だから、間違ってもどうにかなるだろ。中学ん時の失敗談に比べたら、大した事ないんじゃね」 余計な一言を放った龍に憤慨したのか、黒田はひどーい!と燐のような声を上げつつ。 その顔は、どこまでも穏やかだった。
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