Color.2《キッカケ》

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Color.2《キッカケ》

『Hi?Who are you?』 バリバリのネイティブ発音でそう聞かれ、水城は苦笑しながら返事をした。 「……押切(おしきり)、俺だよ」 日本語でゆっくりそう告げると、電話の向こうであら!と驚くような声が聞こえてくる。 『宗史(そうし)、久しぶりじゃない?二年ぶり、くらいかしら?』 「そうだな……。そっちは今どこにいるんだ?」 そう言いつつ、タバコにライターで火をつけながら、水城は壁にもたれかかった。 『今はフランスでデザイナーと打ち合わせ中よ。で、急にどうしたのよ?』 忙しなく聞こえてくる会話から、彼女の忙しさが伝わってくる。水城はそれを理解した上で、声のトーンを少しだけ落として聞いた。 「……何で、龍を俺がいる高校(清華高校)に入れた?」 半分責めるようにそう告げると、彼女は小さく笑う。人を若干小馬鹿にするようなその笑い方は、血が繋がっていない龍に似なくて良かったとは思う。 『__ノーコメントかな。……まあ、強いて言うならあんたはいい加減楽になってもいーんじゃないのって事』 ハツラツとした声は、水城の心に突き刺さる。特別彼を気遣う訳でもなく、直球で告げられたその言葉に、水城はタバコを握る手に力を込めた。 「……俺が、アイツの傍で普通にいられるとでも思ってんのかよ」 『まあ、無理でしょうね』 間髪入れずにキッパリとそう返されれば、水城は笑うしかない。大学時代から、他の女子と違って押切だけは彼を特別扱いはしなかった。 『__宗史、言ったわよね、私。……あの子は、あんたを探してる。でも、もう楽になっていいはずだわ』 。押切は、繰り返すように電話の向こうでそう呟く。 そして、 『忙しいから切るけど、最後に一つだけ____』 やや厳しい口調で告げられた言葉に、水城は一拍置いて返事をする。 「……ああ、愛してるよ。アイツは、俺が幸せにする」 口の端を上げ、妖艶な微笑みを浮かべる。自信が満ち溢れる声に、押切は苦笑した。 『……そう。あ、言っとくけど』 「何だ?」 『可愛い弟泣かせたら、流石の私もあんたの金玉潰すからね』 それだけ返すと彼女の方から通話が切られる。 昔と何一つ変わらない、台風のように勢いをつけて訪れては去っていく押切。 水城は、タバコの火を消しながら目を閉じて笑った。 (龍、お前の姉貴は本当に性格最悪だよ) 自分を棚に上げつつ、薄ら寒いベランダから部屋に戻る。__誰もいない、何も無い。 清華高校に勤務するようになってから引っ越してきたワンルームの部屋は、必要最低限の家具しか置かれていなかった。特別、趣味も無い。生きている事が楽しいわけじゃない。__ただ、一人を探して。 キッチンだけは、無駄に物が溢れている。綺麗好きな水城は調味料や調理道具をきちんと収納はしているが、狭い部屋では限界があった。一人分の夕飯を作らないと、とため息をつきつつ、ふとテーブルに置かれたままだったそれが視界に入り__手を伸ばす。 何度も(めく)られたせいで、時間の割に端々がボロボロになっている大きめの冊子。開けば、そこにはたくさんの写真が収められていた。 写真の日付はどれも数年前のもので、ある時を境にピタリと止まる。数百枚を収納できるそのアルバムは、全部埋まってはいなかった。 一つ一つ、懐かしむように目を細めて眺めながら、水城は独り言を呟いた。 「なあ、龍。……お前は、アイツといる方が幸せなのか?」 アルバムを捲る手が止まる。両開きに四枚入れられるそのページは、左上にしか写真が入っていない。。 そっと、水城はその細長い指で写真を上から撫でた。こちらへ向けて、微笑む彼の顔が、愛しくて、愛しくて。 『……リュウは、ボクを選ぶよ。あんたなんかには渡さない』 茶髪の、あの男子生徒の吐き捨てるような台詞が、脳裏によみがえる。宣戦布告するように水城を睨みつけ、彼ははっきりとそう告げた。 たかが、子供。自分の歳からしてみれば一回りも下の、しかも学校の生徒だ。__比べる対象にもならないハズなのに、水城は焦っていた。柄にもなく。 本能で、思った。このままでは、。 「……はっ、大人気ねぇな、俺」 我ながら、浅ましくて愚かな考えだとは思う。__アイツ()が、楽しそうに笑っている顔を見る度に、その傍に自分がいない事に嫉妬するなんて。 「__今のお前は、誰なんだろうな……」 意味深なその呟きは、一人きりの部屋にこだまする。膨らむ焦燥感とどす黒い感情を誤魔化すように、水城はそっと、目を瞑った。
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