Color.2《キッカケ》

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「おっはよー!」 教室の扉を粉砕する勢いで開け放ちながら、燐が現れる。周囲の生徒は最早慣れきったのか、 「あっ!おはよ、燐くん!新作のアロマオイル教えてくれてありがとー!」 「なあなあ、燐ー、昼バスケしねえ?」 誰もが笑顔で彼にそう声をかけた。燐が来るだけで、自然に人が集まる。にこにこと嫌な顔ひとつせず燐は彼らとの話を終えると、遠目でそれを眺めていた龍の後ろの席にドカッと座った。 「今日もボクの愛しのリュウは可愛いね?」 「やめろ、キモい」 するりと龍のオトガイに手をかけた燐は、龍が睨みつけるとおどけたように笑って__手を離す。 「ひっどいなぁ、リュウ。ボクの事好きじゃないの?」 むうっと頬を膨らませても、残念だが龍には可愛いとは思えない。 「……そっちのお前は好きじゃねえな」 しっしと手を払いながら、龍は燐から目を逸らして前を向いた。今日は、歓迎とは名ばかりの、新入生テストがあるのだ。燐の話を聞いている暇があるなら、最後の復習の時間にしたい。 「もうっ、リュウったら冷たいんだから」 はあっとこれみよがしにため息をついて、それでも気を使っているのかそれ以上は話しかけてこなかった。__とことん、食えない奴だと龍は思う。 キュポンキュポンと教科書にマーカーでラインを引きながら、龍はふと教室を見渡した。 入学から一週間くらいが経った今、ある程度人間関係が出来上がってきている。数人で集まっている生徒もいれば、龍のように黙々と勉強している人もいる。クラスは40人で、男女比率は丁度半々だ。流石に中学時代と違って、髪を染めてたりピアスを開けていたりする奴はいない。それなりに高偏差値なのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、その光景に思わず龍は笑みを浮かべた。 平穏。それが、今の龍の求める全てだった。喧嘩はしない、完璧じゃなくてもいいから、できるだけ良い成績をとる。目立つような行動はしない、ごくごく普通の高校生活が送りたいだけなのだ。__何故、と聞かれても、もう面倒事は懲り懲りだから、と言うしかない。 ……なのに。 「ホームルーム始めんぞ、座れー」 その声が聞こえてきた途端、龍はあからさまに顔を歪めた。嫌味ったらしいほど教室に通るその低くて俗に言う「カッコイイ」声は、賑やかだったクラスを一瞬で静める。 (水城……!) もう、先生と名前をつけて呼ぶ気も起きなかった。朝のクソがつくほどだるいこの時間にも関わらず、爽やかな微笑みを浮かべて教室に入ってきた。 一週間が経っても、女子は未だに水城が入ってくるたび顔を赤らめるし、男子は男子で水城に見惚れる。__このクラスには女子しかいねえのか?と龍は思う訳だが。 (よど)みなくすらすらと出席確認の為に名前を呼ぶ水城に、つい龍の目線は持っていかれた。ぷるぷるとした滑らかな朱色の形の良い唇。セミロングの黒髪はふんわりと整えられ、総じて線の細い体に、今日は紺色のスーツが良く似合う。ネクタイはブランド物らしく(燐が言っていた)、地味すぎず派手すぎない品の良いデザインだ。 (そろそろか!) 我に返りながら水城から視線を逸らし、龍はそのタイミングに備えた。 「青木 龍」 「はっ、はい!」 良かった、今日は無事に返事できたと胸を撫で下ろす。水城に名前を呼ばれると、何故か胸が高鳴って上手く声が出せなくなる。だからこの一週間、朝は試練なのだ。 威勢よく声を放つと、水城は満足したように頷いて次の生徒を呼ぶ。__ほうっと安堵の息をつきつつ、龍はテストの為に再び教科書を開いた。 * __キーンコーンカーンコーン…… 終了の合図と共に解答用紙が集められ、揃って一礼する。一斉に賑やかになるクラスメイト達。開放感に満ち溢れながら、龍は大きく伸びをした。 「はー、終わった終わった。リュウ、今日どっか遊びに行かない?」 後ろの席の燐が帰り支度をしながら、龍に提案してくる。龍はそうだな、と返事をしてからふと思い出したかのように燐に聞いた。 「そういや、黒田の奴どうなったんだよ」 「あー……まあ、何ていうか……」 あれから一週間。一応龍から黒田に連絡は入れてみたのだが、当たり障りのない返事が来るだけだった。燐なら何か知っているかと思ったが、彼は彼でポリポリと困ったように頬を掻きながら、宙に視線を漂わせた。 「うーん……」 「あ?何だよ」 勿体ぶる燐の体を揺さぶるが、彼は答えようとしない。何か、迷っているような素振りだ。 「まあまあ、黒田の事だから大丈夫じゃない?それよりリュウ、どこに遊びに行くか決めちゃお」
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