Color.2《キッカケ》

7/17
前へ
/41ページ
次へ
「……っ、帰る」 龍は、水城の体を跳ね除けた。紅潮した頬を見せないように腕で隠し、椅子から立ち上がろうとし__ 「龍!」 さあっ、と、全身から力が抜けていった。 (クッソ、何で……) 勢いよく体を動かしたせいで、その反動も大きかった。立ち上がり際、視界がぐにゃりと歪んでいく。鼓動が速くなる。__水城のせいではない。……よりによって、このタイミングで。 額にびっしょりと汗を浮かべ、龍は水城から逃れたい一心で歩こうとしたが、まるで鈍器で殴られたかのように全身に衝撃が走り、次の瞬間には崩れ落ちるようにその場に倒れ込みそうになり…… 「っ!おい、大丈夫か!?」 「……せん、せい」 龍を庇うように、水城は彼の体を支えた。間一髪のところで床とぶつかること無く安心したのもつかの間、 「__っ!!近いっ……!」 ぐっと水城の顔が近づいてくる。龍の体は水城の両腕に収められ、ロクに力が入らない今、水城から逃れようと彼の胸板を押すがビクともしない。 ぎゅっと龍が目を瞑る。すると、水城は鼻先が触れ合うギリギリで顔を止め、ふっと笑ったのだった。 「__家まで送るよ、龍。……今のお前を一人で帰らせる訳にはいかない」 意識が朦朧としていた訳ではなかったけれど、龍の頭は混乱していた。彼は考える事を放棄して、水城の有無を言わせぬその言葉に、こくりと頷いた。 龍はちらりと空を見上げ、夕焼けの眩しさに目を細めた。徐々に落ちていく太陽は、再び出会う事を予感させるように、いっそう輝きを増し、そして消えていく。 群青と橙色の境界線があやふやになる。龍の心境を嘲笑うかのように、空はどこまでも清々しく、まったりと変化していった。 「__貧血か?……頭痛とか吐き気とかじゃなかっただろ、さっきの」 右隣で声が聞こえ、龍は不貞腐れたように口元を尖らせた後、若干堅苦しい声で小さく呟いた。 「……あんたに言うような事じゃないですから」 そうぶっきらぼうに、水城の方を見ずに告げた。だが、彼は特に気に触ったような反応を見せるでもなく、鮮やかに車のハンドルを切りながら言葉を返してきた。 「貧血気味なら対策するべきだろ?体冷えるぞ、ちゃんと毛布かけとけよ」 「………」 赤信号で車が止まり、その隙に水城は助手席に座る龍の体に、ウサギのキャラクターがデザインされたブランケットをふわりとかけた。 ちゃんと手入れがされていて、毛の長いブランケットは微かに柔軟剤の匂いが漂い、程よい肌触りだ。さっきから僅かに肌寒かったのだが、すぐにじんわりと暖まってくる。 「……つうか、何でこんな物車に積んでるんだよ」 ブランケットの端を手で弄びながら、龍はちらりと水城の方を見た。夕陽に照らされて、その横顔の輪郭が少しぼやける。それさえ、絵になるような格好良さなのに、彼の車の隣に座っているのが自分だという事が不思議で仕方がなかった。 「……何でだと思う?」 「__いや、やっぱいい」 ハンドルに体を預けながら、にやりと笑った水城と目が合う。龍は身の毛がよだつような気がして、それ以上突っ込む事はしなかった。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

532人が本棚に入れています
本棚に追加