Color.2《キッカケ》

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「ほら」 「……ん」 ソファの隅っこで猫のように丸まり、手持ち無沙汰にクマのぬいぐるみをふにゃふにゃと弄っていた龍の目の前のテーブルに、コト、とマグカップが置かれた。 二人がけにしては随分と大きいソファ。龍が腰掛けているのとは反対側の隅に、水城は腰を下ろした。手には龍の青いマグカップとは色違いの、ピンクのマグカップを持っている。そちらの方を向けば、ほのかにコーヒーの香りが漂ってきた。 「……何か他になかったのかよ」 「何が?」 「別に色違いで揃えなくてもいいだろ!?」 夫婦か!と叫び肩を震わせる龍の隣で、また水城は声を上げて笑う。 「仕方ねぇだろ、何か(つがい)の食器ばっか入ってんだから。つってもまあ、どうせお前が揃えたんじゃなくて、姉貴__」 水城は、そこで咄嗟に口を噤んだ。しまった、とでも言うように手で口元を覆い、小さく咳払いをする。しかし、龍は誤魔化されなかった。 「姉貴?……あんた、姉貴__明日香の事知ってんのか」 「__いや、今のは無し。忘れてくれ」 龍が水城を凝視すると、彼は居心地悪そうに目を逸らし、コーヒーを(すす)る。 「知ってんのかって聞いてんだよ」 比較的和やかだった空気が、凍りついていく。龍は不機嫌に顔を歪め、半ば脅すように水城を睨んだ。水城は、先程とは打って変わって一言も喋ろうとしない。ただ、龍の固い声だけが虚しく部屋に響く。 はあ、とため息をつき、水城はカップをテーブルに置いた。隣に座る龍の方を向いた彼の顔を見て、龍は思わず息を飲んだ。 「__っ!」 「知らねぇ。……そう言えってのが、アイツとの約束だった」 「約束……?」 ああ、と頷き、水城はそっと微笑んだ。瞳は何処かほの暗く、虚ろだ。 「__選べ、龍。……お前は、過去を知りたい?それが、どんなに苦しくて思い出さない方が何倍もマシな記憶でも、お前は、昔の自分に戻りたい?」 (……昔の、俺?俺の知らない__俺自身) 取り戻そうとしても、取り戻せない。というか、何故気が付かなかったんだろうと龍は己を呪った。水城が知っている俺の事を、もっと早く聞いていれば良かった。 そうすれば……。 「そうすれば、俺はお前が好きだった__ に戻れるのか……?」
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