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「もう!リュウったら遅いよ!?」
龍が教室に入った途端、頬を膨らませてこちらに駆け寄ってくる生徒がいた。
他の生徒達より一回り背の小さいその生徒は、龍の中学時代からの友人だ。
「……お前、俺の事置いてっただろ」
ジト目で睨むと、彼はにっこり微笑んで答える。
「置いてかれるリュウが悪い」
……一発殴ってやろうか、コイツ。
「あはっ、リュウちゃんこわーい。そんな眉間にシワ寄せてたら、いつまで経っても脱ヤ__」
「黙れお前っ!」
「ん、んー?……ぷはっ、ちょ、急に口塞がないでよ」
周囲の生徒の、ジロジロ見てくる視線が痛い。龍は素早く彼の腕を掴むと、教室の隅に移動した。
「__燐、その話するなって言ったよな?」
上から威圧するように目線を下ろすと、燐と呼ばれたその生徒は、ぺろりと舌を出して、反省しているのかしていないのか分からない表情を浮かべた。
「いいじゃん、別にさー。ま、脱ヤン……じゃなくて、要するにフツーに高校生活送りたいって事でしょ?」
「ああ……。頼むから口滑らすなよ」
そう言いながら、龍はため息をついて壁にもたれかかった。頭痛や吐き気はすっかり収まったけれど、何故か胸がムカムカする。
(……あ、名前聞き忘れた)
無駄に良い匂いのする、イケメン教師。
龍を教室の近くまで送り届けると、すぐにどこかへ行ってしまった。『すぐに会えるよ』と、意味深な言葉を残してはいたが。
「……ん?リュウ、香水付けてる?」
燐が、くんくんと犬のように龍の制服に鼻を押し付け、においを嗅ぐ。
「あれ、この香水どっかで……。てか、まさか高校デビューするってホントだったの!?いやー!ボクだけのリュウが取られちゃう!」
「馬鹿なのか、お前は?」
しつこく嗅ぎ回ってくる燐の頭を鷲掴みにし、ハエのように追い払う。周囲の視線が痛い。……やめろ、頼むから目立つ事はしないでくれ。
「むう。じゃあ、何でそんな香水プンプンさせてんの?」
「__ついたんだよ」
「え!?……やっぱり女のコ?もしかして先生!?黒田に報告しとかなきゃっ」
いそいそと制服のポケットからスマホを取り出し__その前に、痺れを切らした龍の鉄拳が御見舞された。
ゴンッ__その文字の通りの鈍い音。容赦なく振りかかった拳は、奇麗に燐の頭に命中する。
(ひっ……)
周囲にいた生徒は、誰しもそちらに顔を向けて、心の中で悲鳴を上げた。しかし、龍はもうそんな事はお構いなく燐の両頬を鷲掴みにする。
「あ?オイ、黒田に報告したが最後、積年の恨み全部払ってやるからな」
「いひゃい、いひゃい。わかっひゃから」
「……チッ、お前本当石頭だよな」
燐の頬から手を離すと、龍は面白くなさそうに吐き捨てる。もう、傍から見れば完全にただのヤンキーである。
「えへっ。ありがと」
「……褒めてない」
(コイツに普通を求めた俺が馬鹿だった)
再びため息をつきながら、とっとと誤解を解いてしまおうと話し始める。
「反対側の校舎で迷ったんだ。誰かさんのせいでな。んで、道案内してくれた教師がつけてた香水の匂いだと思うぜ。__おいその顔やめろ、相手は男だぞ」
「えー、男でもボクの可愛いリュウを虐めたら許さないからね?__香水の匂いつくくらい近く居たってこと?」
頬を膨らませて、如何にも怒ってますよアピールをする燐。龍にとっては対して可愛くも何ともないのだが、他の奴らはコレが可愛いやらカッコイイやら言っているから不思議だ。
「……しょうがねえだろ。__またいつものやつが来たんだよ。発作なんだから、止めようがないっつうの」
「で、そのナンタラ先生に助けられたって事ね」
燐は、フンフンと納得したように頷いた。その仕草は、普通の女子よりも女子らしい。憎たらしい口調や性格を知らない奴らからすれば、彼氏にしたい女子は大勢いるだろう。多分。
栗色の茶髪は、特にセットしている訳でもないのにふわふわで、触ると怒る事を龍は知っていた。全体的に幼さが目立つ顔つきは、燐の言動にぴったりだ。中学時代は、男女両方から告られていた。とはいえ、燐がその誰かと付き合う事は無かったのだが。
(……高校でも変わんねえだろうな、コイツは)
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