Color.2《キッカケ》

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「……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」 水城は、左右に頭を振った。龍に視線を合わせようとはせず、ただ淡々と告げる。隣に座っているはずなのに、少しの距離が遠く感じた。 「何だよ……。俺は、思い出せば……っ」 (……っ、俺、今何て言おうとしたんだ) 思い出せば、『』。 そう、言いそうになった。慌てて口を塞いだが、水城は訝しげにこちらを見てくる。表情は決して明るくはなく、それが余計に龍を苛つかせた。 「やっぱり、今の話は無かった事に__」 「ふざけんな!っ、俺が、あんたのせいでどんだけ悩んだか知ってんのかよ!」 「……龍」 「俺は__っ、もういい、あんた、帰れよ」 声が震えた。全身の血が騒ぐように、でもそれは何故か胸の痛みを伴った。初めからおかしかったのかもしれない。男の龍に惚れたとか、昔の自分を知っているだとか、全部嘘で。__だから、本当は昔話なんてできないんだ。 「龍__」 「出ていけ!……っ、一人にしてくれよ」 水城は、龍が俯き駄々を捏ねる子供のように首を振ってもなお、苦々しげな表情をしながら龍の方へ手を伸ばした。 「触るなっ……!」 バシッ。乾いた音が、だだっ広い部屋にこだまする。まるで途切れ目無く流れていく映画の、その何分の一秒にも過ぎない僅かな時間を切り取ったみたいに、龍は自分の意識が急にどこかへ消えていくのを感じた。 はっと我に返れば、水城は右手の甲を左手で覆っていた。 「………分かった、帰るよ」 それだけ言うと、水城は立ち上がった。その瞳は、あの時と同じ。初めて出会った日の、悲しみに満ち溢れているのにそれを必死に隠し通そうとしている目だ。 水城が帰り支度をしている間、龍は、ただぼうっとソファに座っているだけだった。彼が玄関に向かっていっても、無言で家を出ていっても、龍は動かなかった。 __どれくらい、時間が経っただろうか。そのままソファで眠ってしまっていたようで、気がつけば時計の針は随分と夜遅くを指していた。 「……っ、頭、痛てぇ……」 龍は顔をしかめた。ガンガンと頭の内側から痛みが走る。鈍器で殴られ続けるようなその感覚には、いつまで経っても慣れることは無かった。 どこかに薬があったはずだと立ち上がろうとし__力が入らなくて床に崩れ落ちた。手足が震えて、ぐにゃぐにゃと視界が歪む。こんな時、水城が居てくれれば……などと想像し、彼を思い出してしまう自分に嫌気がさして、余計に腹が立った。 もう慣れたと思っていたはずの静寂の時間が、今はやけに寂しく感じる。薬がある場所まで鉛のように重い体を引きずりながら、ただ広いだけの部屋が、牢獄のように狭く、辛い場所にさえ思えた。 ピロンピロン……。 急に鳴り出した呼出音に驚きつつ、テーブルの上に置きっぱなしだったスマホの画面を見た。 (……燐、か) 正直、今の気持ちで誰かに会いたいとも、喋りたいとも思えない。頭痛はするし、体はだるい。風邪を引いた訳でもないのに、無性に胸が苦しくて、イライラして、自分が自分じゃなくなっていく気がする。理性より感情が思考を支配していて、燐にその苛立ちをぶつけてしまうのが怖かった。 放っておいてもコール音は止まない。龍は大袈裟にため息をつきながら、半ば投げやりにスマホを手に取った。 「……うるせぇ」 『ちょ、何、辛気臭い声出して。あ、丁度着いたからカギ開けて』 「……は?着いたって」 『んー?どーせ何かあったんでしょ。ずっと教室で待ってたのに帰ってこないんだもん。ボクが話を聞いたげるから』 「……燐」 なぁに?と、画面の向こうの声はどこまでも穏やかだった。燐と電話する前までのどうしようもないモヤモヤとした感情が、どこかどこか柔らかくなった気がする。龍は少しだけ間を置いた後、小さく呟いた。 「さんきゅ」 『ふふっ、ボクに任せて?リュウの事なら何でもお見通しなんだから』 燐の声にはどことなく自信が満ちている。相変わらずだな、と返しつつ、龍はその場に座り込んでぎゅっと体を縮こませた。
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