Color.2《キッカケ》

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「…………クソが、リュウがあんな声出すなんて、もう無いと思ってたのに」 燐は、ギリ、と音が鳴るくらい力を込めて歯ぎしりをする。高速で上階へと向かっていくエレベーターにさえ、無性にイラついて貧乏揺すりを繰り返した。腕を組み、トントンと二の腕を叩く。 __ああ、腹が立つ。ボクなら、あんな風にキミを悲しませたりしないのに。 「キミはどうしていつもそうやって悪い方向に首を突っ込むかな……」 とはいえ、それが彼の__龍の良い所であり、燐が惚れた彼らしさだ。燐からしてみればすごく不器用で目が離せないのだけれど、けれどその震える手でたくさんのものを抱えて、例えそれらを躓いて落としてしまったのだとしても、龍は全て拾ってまた歩き出す。愚直に、ただ真っ直ぐに。何事も一生懸命で、全力を注いで。燐には無い、理性ではなく感情で動こうとする彼らしさに自分は何度も救われてきた。 誰よりも傍で龍を見ていた。彼が辛い時も、苦しい時も。人一倍悩んで、人一倍努力して。もし燐が彼と同じように事故や何かで記憶喪失になったとして、その恐怖や戸惑いに耐えられるだろうか、と思う。__答えはきっと、ノー、だ。……昔の事など思い出したくはないけれど、それでも自分が空っぽになるのは辛いし、受け入れられない。 ……だから、守らなくちゃいけない。龍を苦しめるような事は、もう起きてはいけない。 「__なのに、アイツは……」 水城は、龍が記憶を失ってからの何を知っているというのだろう。何も知らないくせに。龍の事故以前の記憶は燐も詳しくは知らない。何せ、誰かから聞く機会さえないのだから。__でも、事故より後の彼の事は手に取るように知っている。 ……言える事はただ一つだけだ。 「水城(アイツ)のせいで、リュウはリュウじゃなくなる__」 エレベーターのガラス張りの壁の向こうは、燐の気持ちを映し出したかのように星一つ見えなかった。どこまでも暗く、深い闇。なのに、遥か下にゴマ粒のような、微かな明かりが灯っている。__街の明かりは、まるで彼を嘲笑うかのようにそのか細い光を発し続けている。 「……ボクなら、キミを泣かせたりしないから」 水城になんか、渡さない。渡したくない。ずっと好きだった。友情としてじゃない。異性を見るその感情と同じように、龍が大好きで。__だから、これはチャンスだと燐は思った。 「水城より、ボクの方がキミの事を好きなんだ。……ボクの方が、キミを幸せにできる」 燐は、誰にも見せた事の無い静かな微笑みを浮かべた。その幼さが残る顔立ちから感情は消え失せ、どこか遠くを見つめているようだった。けれど、次の瞬間にはいつも通りの、穏やかな表情へと戻っていく。 タイミング良く開いたエレベーターを降りて、やや急ぎ足で龍の部屋へと向かった。ぎゅっと、血が滲むくらいに強く拳を握りしめながら。
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