Color.2《キッカケ》

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いつもより少し遅めに登校したつもりだったが、校舎内は閑散としていた。普段が早すぎるというのもあるかもしれないが、誰もいない教室はどこか寂しく薄暗く感じる。龍は、一番前の自分の席に座るとぼうっと外を眺めた。 こうしていると、少しだけ昔の事を思い出す。昔とはいってもほんの1、2年程だが、それでも記憶というのは曖昧で儚いものだ。 だが、埋もれていく記憶のピースを拾い上げれば思い出せるものだってあった。 ふと浮かんできたのは、中2の頃の記憶だ。事故に遭ってから通うようになったその中学で、龍はひとりきりだった。 中学生なんていうのは多感な時期で、何か訳ありの転校生だという事はすぐに周囲に知れ渡った。 記憶喪失のまま学校へ通うのは、龍の今の両親が医師と相談した上で決めた事だった。忘れている記憶はどれも自分自身の事で、学校に通う分の知識や行動は日常生活に支障が無いという医師の判断だ。 龍にとって、それは苦ではなかった。学校へ行けば何か思い出せるかもしれない。友人、仲間、教師。少なからず、学校に期待を抱いていたのだ。 __しかし、自分に向けられる視線が、決して良い感情ではない事に気が付いたのは復学してすぐだった。 『……何』 『お前、親から捨てられたってマジ?』 ああ、そういう事か、と。クラスのリーダー格の男子にそう聞かれた時、初めて自分が周りから異質に見られていたのだと分かった。記憶喪失だという事を伏せてはいたが、中学生ともなれば誤魔化せる訳が無い。しかし、それが何処でどうねじ曲がったのか、龍は『親に捨てられて親戚の家に引き取られた』可哀想な子供だというレッテルを貼られていた。 『だから何?』 『プッ、可哀想だなお前。ママに捨てられてしかも生きる価値も無いなんてさ!』 その男子生徒がそう叫ぶと、周りにいた取り巻きたちも笑う。他にもクラスメイトは居たはずなのに、彼らは触らぬ神に祟りなしとこちらを見ようともしない。寧ろ、面白がっているように感じる生徒だっていた。 『__』 『何か言ってみろよおい。それともなんだ、喋るのも思い出せませーんってか?』 『……せぇ』 『あ?聞こえねぇ__』 気づいた時には、リーダー格の男子が床に倒れていた。赤く腫れ上がった頬と鼻から垂れた真っ赤な血、そしてピリピリと痺れる自分の右拳を交互に眺めて、それでようやっと龍はそいつを自分が殴り倒したのだと理解した。 騒然となる教室。慌てて駆けつけた教師に、クラスメイトは龍が悪いのだと言い張った。意味が分からない。__龍は自分自身を馬鹿にされたからやり返しただけなのに、どうして自分だけが怒られなければいけないのか。クラス全員の前で長々と教師に罵倒された後、龍は何故か土下座までさせられた。ふざけるな、何で、俺が。叫びたかった。イライラして、ずっと忘れていた赤黒く醜くて抑えきれない痛みが爆発するようだった。 そうして知った。ここに、自分の味方なんて誰もいない。逃げてしまいたい。壊してしまいたい。 『……あのまま死ねたら、楽だった』
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