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視界がぐるりと回転して、体ごと床に叩きつけられた。いや、正確には燐もろともコンクリートむき出しの地面に転がった、というべきか。
龍が燐を床に押さえつける形で上に覆い被さるが、燐は未だ抵抗するようにもがいた。龍は振り離される程の力に必死に耐えつつ、吐き捨てるように呟いた。
「俺の勝ちだっつうの!いい加減諦めろ!」
もう押さえつけるのも限界だ。燐の底無しのような体力に勝てる自信が無く、早く降参してくれと最後の力を振り絞る。
「っ……まだ、まだ!」
どこにそんな余力があったのか、圧倒的な体格差を前に燐は龍の体を跳ね上げて、今度は燐が龍の上に馬乗りになった。龍は何とか振りほどこうとしたが、手首を押さえつけられる力が強すぎて、まるでそこに縫い付けられてしまったかのように抵抗してもピクリともしない。
「ボクの勝ちだね」
陽の光が、龍を見下ろす燐の顔に影をつくってしまっていて彼の表情はよく分からない。でも、それはどこか悲しげに見えたのは龍の気のせいだろうか。
二人の視線が交錯する。龍が諦めたように体から力を抜くと、ようやく燐はほうっと息を吐き、龍から離れて立ち上がった。
「……ったく、制服汚れちゃったじゃん。まさかここまで接戦とはね。本当はさっさと終わらせるつもりだったのに」
燐は龍に背を向け、フェンスへと歩み寄っていく。龍もまた制服の汚れを払いながら、燐の背中を追いかけるように近づいた。
「__で、ボクのおねがっ………!?」
「あ?誰のお願いが何だって?」
ミシッ……と、フェンスの軋む音が響く。龍は、燐をフェンス際に追い詰めた。燐の肩を掴む手に力を込めつつ、龍は大胆不敵に笑う。
「まだ終わってねえ。やっぱり、俺の勝ち」
燐は驚いたように目を丸くし……そして、俯いた。僅かにそよ風が吹き抜け、髪がふわふわと宙を舞う。ずっと隣にいたはずの燐を、ここまで正面から見据えたのは初めてかもしれないと龍は思った。
「はぁー、降参降参。今度こそ終わりっ」
顔を上げた燐の表情は、さっきとは違って随分と晴れやかだ。
「リュウは強いねぇ」
「……皮肉か?」
やや低い声で返すと、燐は堪えきれない笑いを漏らすようにふふっと声を上げた。
「ヒミツ」
「ククッ、何だよそれ……」
何故か龍まで笑いが堪えきれなくなってくる。二人は顔を見合わせると、晴天を突き抜けるくらい大きな声を上げて笑った。
春の陽光が、どこまでも二人を優しく包み込んでいるようだった。
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