color.1《突然の告白》

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「水城せんせっ、リュウの容態はどうですかー?」 燐がひょこっと保健室に顔を出したのは、一時限目が終わった後の事だった。 「あら、青木君のお友達かしら?」 独特の消毒液の匂いが燐の鼻腔をくすぐると共に、机に向かっていたその人が顔を上げた。黒髪をふんわりと横で結った女性で、白衣を来ている__保健医のようだ。 燐は首を傾げつつ、いつもの様に天真爛漫な微笑みを浮かべて頷いた。 「はい!あれ、水城先生って何処行きましたか?」 「青木君を連れてベッドに寝かせた後、授業があるとかですぐに戻られたわよ。忙しい先生だものね」 その顔は、何処か夢見心地だ。当然ながら、水城の人気は生徒だけに留まらない。女性教師、挙句が保健医、保護者。何かと面倒な顔だと、燐は思った。 「先生ダンナさんいるじゃないですかー」 保健医の左手の薬指には、それと分かる銀色の指輪が嵌っている。彼女は燐に見透かされている事に気付いていないのか、大袈裟に驚いた。 「あら、知ってたのね。でも、水城先生って本当に格好良いわよねぇ」 息をつきながら、保健医はあの顔を思い出してか笑みを浮かべた。燐は、カーテンが引かれたベッドの方へ歩み寄りつつ、話に付き合う。 「何でも大学を首席で卒業して、趣味は料理らしいわよ?イケメンって何でもできるのねぇ」 「嫌だな、先生っ。ボク男ですよ?先生みたいなキレイな人に、ボクだってカッコイイって言ってもらいたいなぁ」 燐は、ニコニコと笑いながら上目遣いで保健医を見た。彼女は、くすくすと笑いながら、立ち上がってベッドのカーテンを開けた。 「ダメよ、あなたは生徒だもの」 そうは言いつつも、顔は嬉しそうである。スヤスヤと眠る龍の姿を確認すると、保健医は明るめの声で、燐に頼み事をしてきた。 「青木君が起きたら、容態を確認して教室に連れて行ってあげてね。私は会議があるから」 燐が返事をするより前に、軽快な足取りで保健室を出ていく。扉が閉まり、廊下を歩いていく足音が遠ざかると、燐はその長いまつ毛を伏せ、龍の眠るベッドに腰掛けた。 「……また、無理したんだね」 毛布を丁寧に掛けてやりながら、燐は小さく呟く。他に人は居ない。保健室に、彼の声が響いた。 やや青ざめている龍の右頬をそっと撫でると、苦しげだった彼の表情が緩む。 「……そお兄、置いてかないで」 寝言。意識が戻った訳でもないのに、その声は切実に誰かを呼んでいる。。知っている、誰か。 「リュウ。……思い出さなくて良いんだよ。今の君は幸せじゃないの?」 やや長めの前髪。耳までのクセのない黒髪。どこにでもいる、普通の見た目。だけど、よく見れば僅かにだけれど青く染めた跡が残っている。耳にはピアスの穴、誰にもバレはしないだろうけれど、うなじに喧嘩で付けられた傷がある事も、燐は全部知っていた。 「気が済むまで喧嘩して、殴って、蹴って。……ボクはもう、キミが思い出す必要は無いと思う。__あんな、リュウの事を傷付けてばかりの大人なんか、キミには必要無い」 燐は、龍の髪を撫でながら、そう囁いた。目覚めはしない。……。 その可愛らしい顔は、龍を見つめて__。そして、苦しげに歪められた。燐が俯けば、茶髪がさらりと揺れる。 (……キミは、出会っちゃったんだね) 燐は、立ち上がった。真面目な龍と違って、彼は授業をサボることに罪悪感など抱かない。 「さて。……せめて、悪足掻きくらいはさせてね」 にっこりと、微笑んで。燐は、保健室から出ていった。 「り、ん……?」 龍が、目覚めた事にも気が付かずに。
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