color.1《突然の告白》

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コツコツと、足音が聞こえる。それは確実にこちらへ近付いてきて、扉を隔てた向こう側で止まった。 コンコン。軽快なノック音と共に、水城が返事をするより早く扉が開く。 「水城せんせ、青木君の様子診てきました」 予想より少し下の位置に、その生徒の頭が現れた。水城はやや驚きつつ、彼を手招きして椅子に座らせた。 「ああ、悪いな__」 水城がその生徒を名字で呼ぶと、彼は露骨に不快感を顔に出す。 「名字(ソレ)で呼ぶのやめてください。ボクはボクですから」 「そうか?カッコイイと思うんだけどな」 半ば、冗談で言ったつもりだった。だから、水城は燐の方を見てはいなかった。 「……は、気色悪い。__あんたみたいな奴が教師とか、やめた方がいいんじゃねえの」 その瞬間、部屋の空気が凍った。 水城は、僅かに視線を彼に向ける。水城の記憶にあるより、遥かに冷たく無機質な表情で、燐は水城を睨んだ。 猫なで声でもない、可愛らしいいつもの、陽気で明るい声でもない。__毒しか含まれていないその響きは、まるで水城がしてしまった事全てを見抜いているようだった。 幼さが残るだとか、小柄だとか、それを差し引いても水城と相対できるか、それ以上。感情の読めないその顔は、ただ責めるように水城を見据えた。 「……青木に、リュウに関わるな。アイツの事を思ってんなら、尚更だ。__知ってんだろ、全部。リュウが記憶を失くした理由が、あんただって事も」 「………」 「アイツの傍に、今居るべきなのはあんたじゃない。ボクだ。ボクのリュウに、手を出すな」 烈火の如く、怒りを滲ませた燐の声。何が何でも龍を守ろうとするその決意は、水城にも十分伝わってきた。けれど、彼とてそこで引けない理由がある。 「……思い出させてやれば、龍の後遺症は無くなる筈だ。__記憶を失ってからの龍しか知らないお前に、何が分かる?」 余裕の微笑み。大人気ないとは思ったけれど、水城は足を組んで椅子ごと燐の方へ体を向けた。燐には無い、その精悍と妖艶を合わせた仕草は、誰もが魅力的に感じるだろう。 「リュウ、は……。あんたを呼んで、泣いてた。三年間もだ。何故、会いに来なかった!好きだったんだろ、アイツの事。……何で。もっと早くボクが出会ってさえいれば__」 燐の瞳が、見開かれる。茶髪の下に隠れた表情は分からない。彼は、静かに立ち上がった。 「……リュウは、ボクを選ぶよ。あんたなんかには渡さない」 ふっと、燐は唇に弧を描く。何かに陶酔し、邪悪な程に残酷なその微笑みと共に、牽制の意味で、彼は水城に近寄り、その胸元を掴んだ。 「__今度、アイツを泣かせてみろ。ボクの全てを使ってでも、お前をここから消す」 ぎりぎりと締め付けられ、水城が咳き込む。その細い腕からは想像もつかない容赦のない力は、怒りに震えていた。 「……やれるもんなら、な」 水城は、燐を思い切り挑発した。にやり、と甘く笑う。両者の視線が交錯し__束の間の睨み合いの後、先に目を逸らしたのは燐の方だった。 「チッ……その虚勢がいつまで持つか、精々楽しみにしてるよ」 鐘が鳴り響く。静かだった周辺の教室から、生徒達の声が聞こえてくる。 燐は、水城から手を離すとスタスタと歩いてその部屋を出た。__けたたましい開閉音と、舌打ちを残して。
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