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「……分かった」
「はじめから素直に私のいうことを聞いていればいいのよ。あなたは私の言うことを聞くことしか出来ないんだからね」
「じゃあ、願い事を言ってくれ」
「私はマンションが欲しいわ。それも高層マンションの屋上にある一番高いやつが欲しいのよ。値段でいうと数億円のやつがね」
彼女はまったく変わっていない。
彼女のことが嫌になって逃げ出した僕にマンションを買えと平然といえるこの精神は、生まれ変わっても変わらないんだろう。きっと魂がそういう風に出来ているに違いない。
「どうしたのよ。早くマンションを私に買ってちょうだいよ」
「……どうして僕が君にマンションを買ってあげなければならないんだ?」
「約束したじゃない」
「ああ約束はしたさ」
「じゃあ、早くしなさいよ」
「君は勘違いをしていないか? 僕は君の願い事を聞くとは約束したが、その願い事を叶えるとは一言も言っていないぞ」
「何言っているのよ。願い事を聞くだけでそれをあなたが叶えないんなら、私が願い事を言う意味がないじゃない」
「そうだね。君は僕に意味のないことを約束させたんだ。君にとってはだけれどもね。僕にとってはとても有意義な約束だったよ」
これで僕は彼女の願い事を叶える必要はなくなる。
そのかわり、彼女の話を永遠に聞き続けなければならなくなるが、彼女の喜ぶ顔を見なくてすむのなら何とか耐えられそうだ。
「じゃあ、もうあなたは私の願い事を聞かなくてもいいわ」
「どうしてだ」
「そういう約束でしょ。私がもういらないと言うまでが、あなたが私の願い事を聞くと約束したんだから」
「それで君はいいのかい」
「ええ、いいわ」
「じゃあ、もう僕は君の願い事を聞くことはないよ」
やった。これでついに彼女から僕は開放された。
彼女もバカな女だ。自分で自分が困るような願い事をするなんてね。
「じゃあ、私の願い事を聞くかわりに、私の願い事をあなたは永遠に叶え続けなさいよ」
「それは出来ないよ」
「どうしてよ」
「『君の願い事は聞かない』そういう約束だから、君のその願いは聞くことが出来ない」
彼女の表情が怒りに変わる。
舌打ちをして、壁をドンと叩く。
自分の思い通りにいかないと急に粗暴な態度に出るのは以前と同じだ。
彼女はまったく変わっていない。
もう30歳を過ぎたというのに。
「ふざけんなよ」
「僕は真面目だよ」
「お前は願い事を叶える以外に能がない人間のはずだろ」
「だから君の『君の願い事は聞かない』という願いを叶えたじゃないか」
「お前は福の神だから、人を金持ちにするのが仕事だろ」
「違うね。僕は人を幸福にするのが仕事なんだ。僕に願い事を聞いてもらえなくなった君は自分で努力をするしかなくなる。努力をする人間は幸福だ。だから僕は君を幸福にしたんだ」
僕を激しくののしる彼女を後にして、僕はその場を立ち去った。
これでいい。これでやっと彼女から逃れられた。
それにしても人を幸福にするのはいい気分だ。
やっぱり僕は福の神だからそう思うのかも知れない。
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