棘と蜜

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「ごめん、莉乃。許してくれ」 「許さない。別れようよ、優介くん」 自分を抱きしめる逞しい腕に力が篭る。 逃がさない、全身でそう言われているみたいだ。 「そんなこと、別れるなんて言うなよ、莉乃」 「どうして?優介くんならいくらでも彼女、作れるよね」 「彼女はすぐにつくれるけど、莉乃はこの世で一人しかいないだろ」 莉乃じゃなくちゃダメなんだ。 甘い毒が耳から流れ込んでくる。もうだめだ、莉乃は息を吐いた。 「もう、浮気なんてしないから。許してくれ、莉乃」 「ゆ、る―…」 許さない。そう言おうとしたのに、澄んだ瞳に見詰められたら言葉が逃げた。 「許すよ」 操られたように、許すと言ってしまった。 「ありがとう、莉乃」 嬉しそうな声。さらに力が篭る腕。他の女の人を抱きしめた腕。 まるで全身に棘が刺さっているみたいだ。 それなのに、愛していると吐きだされる毒で痛みが甘い疼きに変わる。 もうすぐ空が赤く染まる。今日の終わりが近付いている。 だけど、自分と優介の関係は終わらなかった。 優介に抱き締められながら、抱き締めかえすことのできなかった拳を、莉乃は小さく握った。
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