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それでも、猫が連れてきたよくわからない人間が、家に出入りするのは嫌だろう。自己紹介が不十分だと気がつく。   「あの、高橋いのりといいます」 「ああ、聞いた」  他にも、自分に関する個人情報を告げ、尚も続けようとすると制される。 「わかった、もういいって」 「あの、でも」 「ノワールが連れて来たんだ。信用する」  摩耶子さんも、同じようなことを言っていた。 「猫は好きか?」 「はい。好きです、大好きです」 「それなら、いい」 口調が柔らかくなったので顔を見ると、目元が優しかった。  角を曲がると、駅が見えた。 「ありがとうございました。もう、ここで構いません」 「じゃあ、気をつけて」  朔也さんは、元来た道を帰って行く。  右肩が少し上がっているように見えた。  そう言えば、ノワールって、小説に出てくる猫と同じ名前だ。  「黒」って意味だものね。黒猫にありがちな名前だわ。  そう軽く思いながら、駅舎に入っていった。    いつも使う構内を見て、ほっとした。  心のどこかで思っていたのかもしれない。  今日の出来事が、どこか絵空事のようだったと。
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