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 あの日私は、前日に読み終えた小説の世界を引きずっていた。  きっと、半ば夢うつつだったのかもしれない。  その小説には、黒猫が出てきた。  黒猫が棲んでいるのは、古い日本家屋だ。黒光りする床を音もなく歩くらしい。  作中に散りばめられた繊細な心模様の描写に、作者の人となりを感じた。  同じ作者の作品をもっと読みたくて、大学の講義の後に図書館へ行った。  まだ読んでいない作品が、3作並んでいる。全部借りて、嬉々として外へ出た。  しばらく歩いたところで、急に辺りが暗くなってきた。見上げると、ねずみ色の雲が、風に追い立てられて走っている。それは、私の頭上にどんどん集まり、厚みを増した。  その雲が、どこか女の人の顔に見える。眉根を寄せて、ああ、泣き出しそうと思った途端に、ぽつりと雫が落ちてきた。  雨が降り出す時のほこりっぽい臭いがしたと思う間もなく、雨足は強くなる。私は慌てて、道のそばの車庫に飛び込んだ。
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