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ある晩に突然誘拐されるまで、私はある犯罪シンジゲートの存在を全く知らなかった。私はウィーンのオペラ鑑賞からの帰宅途中に、私兵にさらわれたのだ。
目が覚めたとき、私は知らない寝室にいた。
最高級クラスのスウィートルームのように、豪華な寝室。高級家具の調度品に、天蓋付きのベット。大きな窓には分厚いベルベットの真紅のカーテン。
カーテンは閉まり、部屋は薄暗かった。間接照明の明かりがともり、部屋をほのかに照らしている。
起きようとしたら、四肢に手錠がかけられているのを知った。
鎖がベットの柱に繋がってる。少し自由は効くが、逃げることが出来ない。
服は着ていた。三つ揃えのスーツ。
一体ここはどこなのか。
金目当ての誘拐にあってしまったのか。
「起きたのね」
女性の声が私の名を呼んだ。そちらの方を向くと、部屋の窓辺に立っている女性に気が付いた。
私より少し年上の、妖艶な女であった。
艶やかな長い巻き毛の黒髪。グラマーな身体を、黒いレザーのジャケットに、同じ色のワンピースに身を包んでいた。編み上げのハイヒールのブーツを履いている。
社交界で知っている顔だ。あまり話したこともないが名前は覚えている。
「イザベラ」
私は彼女の名を呼んだ。そうだ、拉致される数日前にも、どこかの夫人のパーティで彼女を見かけたことがある。
真紅のビロードのカーテンを背景に、イザベラは漆黒の眼差しでじっと私を見ていている。慮深げな、深いまなざしだ。
今まで彼女は知り合いだった。サロンで友人の紹介で出会ったが、このように二人きりで話したことはない。人を惹きつける魅力や才能を持ち、女だてらに男装したりもする、いつもとりまきの男たちに囲まれている彼女は、どことなく苦手だった。
「君はこの誘拐に加担してるのか? 酔った末の冗談にしてはたちが悪すぎる。手錠を外してくれ」
縛られたままの私の文句を、イザベラは答えることなく聞いている。
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