第六話 女支配者イザベラ

2/3
前へ
/66ページ
次へ
 ある晩に突然誘拐されるまで、私はある犯罪シンジゲートの存在を全く知らなかった。私はウィーンのオペラ鑑賞からの帰宅途中に、私兵にさらわれたのだ。  目が覚めたとき、私は知らない寝室にいた。  最高級クラスのスウィートルームのように、豪華な寝室。高級家具の調度品に、天蓋付きのベット。大きな窓には分厚いベルベットの真紅のカーテン。    カーテンは閉まり、部屋は薄暗かった。間接照明の明かりがともり、部屋をほのかに照らしている。  起きようとしたら、四肢に手錠がかけられているのを知った。  鎖がベットの柱に繋がってる。少し自由は効くが、逃げることが出来ない。  服は着ていた。三つ揃えのスーツ。  一体ここはどこなのか。  金目当ての誘拐にあってしまったのか。 「起きたのね」  女性の声が私の名を呼んだ。そちらの方を向くと、部屋の窓辺に立っている女性に気が付いた。  私より少し年上の、妖艶な女であった。  艶やかな長い巻き毛の黒髪。グラマーな身体を、黒いレザーのジャケットに、同じ色のワンピースに身を包んでいた。編み上げのハイヒールのブーツを履いている。  社交界で知っている顔だ。あまり話したこともないが名前は覚えている。 「イザベラ」  私は彼女の名を呼んだ。そうだ、拉致される数日前にも、どこかの夫人のパーティで彼女を見かけたことがある。  真紅のビロードのカーテンを背景に、イザベラは漆黒の眼差しでじっと私を見ていている。慮深げな、深いまなざしだ。  今まで彼女は知り合いだった。サロンで友人の紹介で出会ったが、このように二人きりで話したことはない。人を惹きつける魅力や才能を持ち、女だてらに男装したりもする、いつもとりまきの男たちに囲まれている彼女は、どことなく苦手だった。 「君はこの誘拐に加担してるのか? 酔った末の冗談にしてはたちが悪すぎる。手錠を外してくれ」  縛られたままの私の文句を、イザベラは答えることなく聞いている。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

53人が本棚に入れています
本棚に追加