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休憩のおかげでようやく私は一息つき、イザベラの話を聞いていた。私は彼女におびえつつ、同時に惹かれてた。
「あなたを満足させられるのは私だけ」
そう言って、彼女はまっすぐに私の瞳を見つめてくる。
倒れている私に馬乗りになり、私の頬に手をそえ、悪戯っぽく笑いながら。
彼女の漆黒の瞳と目が合う。
その深みに魅惑され、胸が高鳴った。
「私だけよ」
そういって、彼女は身をかがめて口ずけをしてきた。自分でも、自分の頬が染まってゆくのが分かる。
これが恋なのか、崇拝なのか。洗脳なのかはわからない。
彼女のためなら、何だって出来る。そのために死ねる。この命も惜しくはない。
肉体は傷つけられているはずなのに、心は安堵している。
彼女に大きく包まれているような感じがする。
彼女のために生きたい。側にいたい。
初めて胸に生まれた、たったひとつの願い。
愛している、だがそんな言葉が陳腐に思えた。
もっと深く、もっと心の底から、彼女に愛の賛歌を捧げたかった。
なぜだか、胸が痛む。
愛の言葉の代わりに、彼女のための詩がこぼれた。トマス・ムーアだ。
「夏の……」
私は彼女の前で、詩の暗唱を始めた。
「……夏の名残のバラ……。一人寂しく咲いている……。
美しいバラ色を思い起こせば
ただため息をつくばかり……」
「詩の暗唱? いいわ、続けて」
イザベラは椅子に座り、長い足を組んだ。
「美しきものと共に 汝も行き眠らん
ベッドの上にまき散らした汝の花弁
汝の仲間達は 庭で香りもなく枯れ果てる……」
私の暗唱する詩に、イザベラは初めて満足げな顔を見せた。私の詩が気に入ったようだ。
私もまた、喜びの中にあった。
彼女のために生きること。彼女を幸せにすること。
そのために私は生まれた。
そうか……。
自分にも、生きる理由があったのだ。
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