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私はいま、この手記を地中海の小さな無人島で書いている。ここまでは自分の手で運転したクルーザーで来た。この島は世界中に複数ある私の別荘のひとつで、私領地の中にある。
海辺の小さな洞窟の外の空は澄んで青く、穏やかな波の音が私の心を洗う。人を恐れない白いカモメが数羽、浜辺で鳴いている。
このこじんまりした洞窟は心地よい日陰をくれるので、小ぶりの木製の机で書き物をするのにうってつけだ。足元には短毛種の黒い中型犬が一匹寝そべっている。
ここは誰にも邪魔されない、秘密の場所だ。
島には人がいないことから、完全に一人になれる。何を書こうと誰にも見つからない。私はクルーザーで一人この島に来たので、夕方にはまた船を運転して海を渡り、本島の別荘に帰る。
それまで自由な時間が数時間はあるから、書けるところまで書こうと思う。書ききれない分は、また別荘で続きを書けるだろう。私はどこででも書く。一人きりの時間は多いから。
正直に言うと、自分のことを書くことにためらいはある。
もしこの手記を誰かに読まれたら?
息子のアレクにショックを与えたら?
そして彼が私を受け入れられなかったら?
そんなことが起きれば、再び私は孤独な日々に戻るかもしれない。それを思うと耐えられない。家族の秘密をばらすこと、自分の本心を赤裸々にさらすことに、強い不安を覚える。
それでも勇気をもって、この手記を書こう。それが私にとって必要だと思うからだ。また、アレクにとっても。
あふれ出る言葉を記すことを、どうか許してほしい。そしてあなたが良い読者であることを願う。
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