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価値など分からない。命の意味など分からない。
私の内には何もない、空っぽだ。
ただ傷があるだけだ。
彼女を求める渇望だけが、私を確かなものにしてくれる。
彼女の側に居たい。永遠に、彼女と共に。
飼われてから、私はずっと彼女に恋をしていた。それが心の深いところで、恋は愛に変わった。
魂の奥深く、自分を満たす。この世の秘儀、秘密の温かさに私は触れた。
私は暗唱を最後に締めくくった。
「愛する者がいなくなったら
この荒涼たる世の中で
誰が一人で生きられようか……?」
以前、私がまだ一人だったころ、私は彼女のことを夜会で少しだけ見かけたことがある。
欧州の社交界の、いつも華やかな場所で人に囲まれている彼女は、私からは遠い存在だった。
私は莫大な遺産こそあれども、人を避けていた。
賑やかさに加わらないで、夜会でも静かにアルコールを飲んでいるのが好きだった。
彼女は皆に愛され、人の輪の中心だった。
周囲の男たちが彼女を称賛するのも耳障りだったし、男性を虜にする、彼女の魅力をふしだらに思った。
私の母のようなか細い可憐さなど、みじんもない女性。
私は間違えていた。多くのものを、見ようとしていなかった。
数多くの扉の向こうには、救済が隠されていても。
いままで私はその扉を開けようともしなかったのだ。眼をそらして。顔をそむけて。
逃げていたのだ。私は。
愛されることから、傷を癒すことから。
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(引用:トマス・ムーア「夏の名残の薔薇」アイルランド民謡より
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