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第三話 父の幻想
寄宿舎に入る前、10歳になるかならないかの頃。
私はよくこんな夢想をしたものだ。
母の恋人、つまり私の父親がある日突然ひょっこりと屋敷に現れて、母を抱きしめ、私に言ってくれないだろうか。
「我が息子よ、帰ってきたよ。君達を迎えに来たんだ」
だがしかし、そんな都合のいいことは起こらなかった。夢は夢でしかなかった。
元々情緒不安定なところのある母だ。私がいても別れたのだから、二人の間はブルックリンで破綻したのだ。
そんな男が、屋敷にやってくるはずがない。
その現実をじわじわと実感するのは恐ろしかった。屋敷の玄関のポーチの前に座り、柱に背をもたれかけて待ち続けて、私は母の言うことは嘘だと、少なくとも現実では実現しないことだと悟った。
自分は結婚などしない、と私はひとり思うようになった。
家族などいらない、と。
私に棘ばかりを与え、安らぎをもたらさない家庭など欲しくはない。
涙など出なかった。心は乾いていた。かさかさの土地に水などないのだ。
いま、私はなぜだろうーーこれを書いている今は泣きたい気分だ。本当の私は涙もろいのかもしれない。
実際、子供の頃の私は青白いやせっぽちで、内気な子供だった。ささいなことで怯えたし、運動が苦手で外で遊ぶこともなかった。
男の子らしくない、と祖母から叱責されても、どうしようもなかった。
代わりに、本や図鑑をよく読んだ。特に好きだったのはバイロンだ。あとはセネカやホメロスのイーリヤスの叙事詩が大好きだった。
イーリヤスの主人公は、ギリシア神話の英雄アキレウス。父は人間の王で、母は海の女神。二人の間にアキレウスが生まれるが、二人は別れてしまう。
アキレウスは無双の強い戦士に成長し、トロイア戦争に遠征する。彼は無敵の勇者だ……。
家には祖父の残した大きな書庫があり、私はそこで書物をひとり読みふけった。そんな少年時代だった。
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