第一話 少年時代

2/2
52人が本棚に入れています
本棚に追加
/66ページ
 祖母はきつい性格だった。いつも厳しい目をして、白髪を結いあげていた。彼女は規律正しく、礼儀正しかった。  そう、彼女はいつも「正しかった」。その正しさが、母と私を窒息させていることにも気がつかなかった。  祖父は他界していたが、よく娼婦や愛人と過ごしていたと聞く。その祖父が祖母のために立てた高価な仏風の屋敷──それが、このロードアイランドの屋敷だった。  家の財産を考えると、他にも数多くの屋敷があったはずだが、祖父が亡くなった後も、祖母はロードアイランドに住んでいた。 「米国に本当の文化なんてないのよ。何もかもみんな借りものよ。この家だって石を丸ごと仏国から輸入しなくてはならなかったくらいだもの」  祖母は米国の田舎になじめず、よく不平をこぼしていた。仏国生まれの彼女は、いつだって欧州を恋しがっていた。私は思う。それならば欧州に引っ越せばよい。だのに彼女はそうしなかった。亡くなった祖父の残したロードアイランドの邸宅に固執していた。  今思うと、祖母は不安だったのだろう。住み慣れた屋敷を離れ、欧州に移り住むことが。新しい土地、欧州の社交界、私生児を生んだ娘。あくまで憶測だが。  幼い私に、祖母はときおりつぶやいていた。 「私はステラを許さないわ。あの子は家出のとき、家宝の真珠の首飾りを盗んで逃げたのよ。買い戻すのがどれほど大変だったか……」  祖母からその話を聞いた後、私は母と二人きりのときに、真珠を盗んだこと、売った話が本当なのか母に尋ねた。  始終二日酔いの頭痛に苦しんでいた母は、長い金のまつげを伏せ、ざんばらな金髪をかきあげた。  ベットルームでワインを飲みながら答える。 「本当よ。あのいまいましい真珠! 売っても二束三文にしかならなかったわ。ね、もっと強いお酒を持ってきてちょうだい。ポートワインなんて酒じゃないわ。こんなもので酔えるわけがないわ!」
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!