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風が邪悪を運んで来た。
冷たい風が喉の痛みを運んで来た。
彼女にもらった喉飴も、もう一袋舐め切ってしまう勢いだった。
とはいえまだまだ十月の下旬。厚手のコートを出す時期ではなかった。
嫌な咳が出始めたが、僕は薄手のアウターと市販の薬でやり過ごす気でいた。
「ほら、ちゃんとあったかくして! ごはん食べた? 薬飲んだ? そもそも病院行った?」
「……どれもまだです」
「…………」
「……すみません」
しかしついに動けなくなった僕は仕事の休みをもらい、一日自宅で療養することになった。
そして、来なくていいと言ったのに無理やり看病にきた彼女に矢継ぎ早に責め立てられて、飼い主に叱られた子犬のように小さく縮こまっていた。
「まったく……。私が休みのときでよかったよ……」
「……来なくていいって言ったのに」
「なんか言った?」
「……すみません」
彼女は溜息をつき、がさがさと買い物袋をあさり始めた。
ポカリと、みかんゼリーと、リポビタンDと、熱さまシートと、バナナと、ホットレモンと……。さながらドラえもんだった。
彼女は僕の額に手を当てて、ついでに僕の頭を優しく撫でた後で、僕の額に熱さまシートを貼り付けた。熱さまシートほどではないにしろ気持ちよくひんやりとした彼女の手は、しかしどこか温かみを帯びていて、僕の体に鳥肌を立たせた。
「……冷たい」
「病人が文句言わないの」
彼女は言いながら、再び僕の頭を優しく撫でた。僕もそれを期待していたのだろう、柄にもなく甘えるような言葉を吐いたものだと思った。弱気が僕にそうさせるのだとしたら、これも案外悪くはないと思った。彼女には申し訳ないが、もう少しの間このままでもいいかなと思った。
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