事実は小説よりも甘し(改稿版)

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「なんだよ、じっとこっちみて」  目の前の少年が文句を言う。正確には、私の幼馴染だ。  私達がいるのは、とある田舎のバス停。私達高校生も利用するバスだけど、田舎故に良くても1時間に1本程。酷い時は、数時間は来ない。  そんな酷い利便性だけど、長時間待つことを考慮してくれているのか、バス停には木造の待合室がある。こんなものを作ってくれるならバスの本数を増やしてくれればいいのに。けど、こんな暑い日にはありがたい存在だ。欲を言えば、エアコンは欲しいけど。  今日は1学期の最終日、そして夏季休暇の始まる日。  皆、勉強からの解放を喜びながら帰宅していったけれど、私は先生に呼び出されてしまった。おかげで、何かの事情で私と同様帰宅が遅くなったこいつと一緒に、今はバス停で待っている。 「あなたはなにしてたの?」と聞いたけれど、「何でもいいだろ」とぶっきらぼうに返された。生意気な奴だ。  最近はあまり言葉を交わしていなかった。おかげで、他に何を話していいのかわからなかった私は、気まずくなって最近はまっている小説を読み始めてしまった。彼もそのことについて、何も言わなかった。  ――しかし。 「いえ……この小説の登場人物の一人が、あなたによく似てるなって。主人公の少女と幼馴染みで、性格も容姿もあなたそっくり」 「へえ」  彼が怪訝そうな返事をする。しかし、それだけではなかった。 「この状況も今読んでいる部分にそっくり。夏の田舎、木造の待合室で、主人公と彼が一緒にバスを待ってるの」 「……不思議なこともあるんだな。主人公もお前に似てるのか?」  興味を持ったのか、彼は質問してきた。声が昔より随分低くなったな――ふと、そう思った。さて、彼の質問の答えだけれど。 「いいえ。ボーイッシュで眼鏡もかけてないし、私みたいに本も読んでないわ」  私の容姿は長い黒髪に、眼鏡。それにこの小説の主人公みたいに、活発なわけでもない。 「さすがに、そこまで一致しないか」 「そうみたい」  彼は返事を聞くと興味を失ったらしい。もっと聞いてくれれば、私は喜んで語ってあげるのに。  ぺらり、と次のページへと読み進める。 「あ、やっと告白した」  思わず声が出た。私の声に、彼が「へ?」と間抜けな声を出した。 「えっと、誰が?」 「あなたに似ていっていった登場人物が主人公に」  私が読んでいたのは青春恋愛小説。焦らしに焦らされていたけれど、ここに来てようやく告白の瞬間がきた。けど―― 「これ、ベタな恋愛小説じゃないらしいんだけど、どうなるのかしら」  今までの描写からして、きっと受け入れるだろう。けど、万が一ということもある。主人公の抱えている問題も解決していないし。ああ、続きが気になる。 「……主人公の返事は?」  なぜか彼は再び興味を持ったらしい。「まだだけど? きっと次のページだと思う」と小説から目を離さずに答える。  さあ、この恋の行方は如何に。胸を高鳴らせながらページをめくる――。
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