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橋にあがった時だった。
「オレ、留学したらこっち戻る気ないからさ。だから……姉ちゃんは実家戻りなよ」
心臓が、ばくんと大きな音を立てた。
「な、んで」
「オレいたら、姉ちゃんきついだろ」
手を引っ張りながら自嘲するように言った圭太の背中を見つめた。
いつのまにか広くたくましくなった、私の知らない背中。
「……ずっと後悔してた。オレのせいなのに、姉ちゃんのこと勝手に避けて傷つけて」
「圭太」
「でもさ、でもやっぱり顔見たら、オレ……」
圭太が立ち止まった。
「オレは、姉ちゃんと、暮らせない」
背中が小さく震えているのが分かって、抱きしめたくなる。
小さな圭太が泣いていると、「大丈夫だよ」と言ってそうしていたように。
でも、きっとそれはしちゃいけない。
いけないのに、手が伸びる。
泣かないで。謝らないで。
短い間でも築いてきた日々を嘘にしてほしくない。
「圭太、覚えてる? さっきの場所……圭太が逃げた」
圭太が小さく頷く。
「私、ずっと弟がほしかった。だからあの時、何があっても圭太のそばにいようって、この子を守ろうって思った。なのに圭太、こんなにかっこよく大きくなってて、なんで……なんで、小さいままでいられないの」
「姉ちゃん……」
「でもこのまま圭太が離れていくのも嫌なの。圭太、お願い、もう帰ってこないみたいなこと言わないでよ。そんなの、私……」
声が震えて言葉にならない。
思わず、その背中の服をつかんだ。
圭太が振り向いた。
辛そうに歪んだ表情が一瞬見え、衝撃とともに抱きしめられた。
「……ごめん、姉ちゃん」
知らない腕の強さ。
知らない胸の厚さ。
知らない熱。
「好きになって、ごめん」
圭太が苦しげにそう言って、泣いた。
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