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 長い夢を見ていた。いっそのこと明日なんてものはもう来ないんじゃないかと思うくらいだったが、いつものようにスマホのアラームで目を覚まして日付を確認してほっとした。 「確かに時間で言えば7時間くらいだから、長いっちゃ長いよね」  この話をすると決まって博士はそう言う。ひろしははかせとも読める名前の通り理屈っぽいことが好きだ。昔からそうだ。ウンコ味のカレーかカレー味のウンコかなんて言う子供のころにはありがちでくだらない話をしたときも「栄養的なことを考えればやっぱり不味くてもカレーだよ。カレー味であろうとうんこはうんこだし」なんてことを真顔で言って場をしらけさせた。この場合僕らは事実を知りたいわけではなく、くだらない話をしたいだけなのだ。だから、実際にそこにないものを話題に出す。それなのに博士はそれがまるであるかのように話し出すから、みんなはひろしのことをはかせと呼んだ。 「そういう話じゃないんだよ。夢って不思議だよなって話がしたいんだよ」  僕は脱線しそうな話を元の軌道に戻そうとする。博士と話すときは比喩的に伝えるより、はっきりと言ったほうが早い。 「まぁ夢なんてのは眠りが浅いときに見るものだから・・・。洋平、最近寝れてないのか」  また話が脱線する。確かに最近眠れていないことは事実である。ただそれはこの夢のせいでもある。これを博士に説明するのが難しいのだ。いつも結局のところ卵が先か鶏が先かみたいな話になってしまう。 「じゃあファンタジーだと思って聞いてよ」 「洋平の創作だな」 「そうだな。気がついたら暗い森の中に一人で立ってるんだ。それも毎晩のようにね。そして、おーい誰か!って助けを呼んでみるんだけど、どこからも返事は聞こえてこない。それでも辛抱強く何度も呼んでいると、ふとあることに気がつくんだよ」 「何だい」 「自分の声が出てないんだ。というよりも耳が聞こえていないという感覚に近いかもしれない。とにかく耳が聞こえなくて、それに気がついたら道が段々と開けてくるんだ。さっきまで暗い森にいたのに、気づいたら僕は街のど真ん中に立っていて、しかも次の瞬間にはそれを俯瞰で見ているんだ。そしたら今度は地面が段々と崩れてきて世界はつぶれていくのに、僕はそれをただただ見ていることしかできない。そんな話だよ」   僕は博士に口を挟まれないように一息に話し切った。 「世界がなくなるのに、洋平はそこに存在できるのかい」 「ファンタジーだからね」  僕は時々こういう夢を見る。ストーリーは違っていても最後には必ず崩れていく世界を俯瞰で見ている。そしてその夢はいつだって記憶にこびりついて離れないし、その夜は長いのだ。言葉にすればたったのこれだけだが、博士の言う通り7時間という時間をまるまる味わっているかのようにも感じられる。 「定期的に見る夢って言うのは多分潜在意識が関係しているんだよ。世界が壊れるっていうくらいだから洋平は潜在的にこの世の中の何かが壊れてほしいと思っているんだね」  博士はまるで自分が心理学者であるかのように決めつけで話す。僕がこの話をするのは博士だけだ。それも夢を見た日には決まってこの話をする。というのも、こんなくだらない話を毎回聞いてくれるのは博士くらいのもので、いつも結局は同じ話なのでほかの人に話しても鮮やかに流されて終わりなのである。博士だけがこうして真面目にそれに対する解釈を答えてくれる。 「それは僕が世界に不満を持っているってこと」 「そういう事だろうね。夢はその人の内なる心理を映すっていうから。ほらフロイトの夢診断にもそんなことが書いてあったよ。あれは大体性的なうんぬんに帰結しちゃうけどさ」 「何度も見るってことには意味があるのかな」 「どうなんだろうね。そのくらいその意識が強いってことじゃないかな」  博士はそう言って下を向いた。ひろしは物知りではあるがはかせではない。ある程度の大学は出ているが、学者でもないただの会社員だ。だから、あまり追求しすぎると答えられず、困ると俯くのはいつもの癖だった。 「博士はそういう夢見ないの」  博士が顔をあげてこちらを見る。 「同じ夢は見ないね。たまに摩訶不思議な夢を見た気になるけど、内容はほとんど覚えてないや。夢って覚えてないのに不思議な夢だったと思えるのはなんでなんだろうね」  博士はまたしても思考を始める。質問をしたのは僕の方なのにいつの間にかこちらが質問をされている。博士には疑問が絶えることがない。 「そういえば、用って何」  僕はこれ以上は面倒になって話を変えると、博士はぱっとこちらを見た。 「昔タイムカプセルを埋めたの覚えてる?」  思い出したかのように博士が言う。博士は自分からは本題について全く話す素振りを見せなかったのに、こちらから話をふると待ってましたかのように合わせてくるのだ。 「タイムカプセル?」 「そう、タイムカプセル」 「そんなの埋めたっけ」  僕は瞬時に記憶の倉庫を駆け巡るが、そのような記憶は見当たらない。もしかすると奥の方でなにかの下敷きになっているのかもしれないが、それを見つけ出すのは至難の業だ。 「小学校の頃にみんなで埋めたんだよ。僕と洋平と浩介と、あとは山田とさ」  そう言われて少し話の輪郭が見えてきた。 「この前テレビでやってたんだよ。昔の仲良しで埋めたタイムカプセルを探すってやつが、そしたら未来の自分に向けた手紙とかが出てきてさ。不思議だよね、何年も前に土に埋めていたのに土に還らずにちゃんと読めるんだからさ」  そこまで聞いて僕は記憶の中にタイムカプセルの存在を見つけた。確かに埋めた気がする。埋めた気はするが、そこに何が入っているのかまでは全く覚えていない。 「もしかして、まだ掘り出していないんだっけ」 「その通りだよ。あの番組を見てさ、僕もあの出演者みたいな感動を味わいたいなって思ったんだよね」  珍しく博士がロマンチックなことを言うものだから、背筋が少し寒くなる。僕らが入れたものならばどうせ大したものは入っていないだろうし、良い大人の男同士がこんなことでワクワクしてるのは恥ずかしい。しかし、せっかく過去の僕たちがこの日のために残したものならば見つけてあげたほうが過去の僕たちも報われるような気がする。 「どこに埋めたか覚えてるの」 「洋平は本当に何も覚えてないんだね。大丈夫、ちゃんとメモが残ってたんだよ。さすが僕だよね。欲しくなったときには絶対に忘れているって分かってたんだよ。ここにちゃんと書いてあるからあとは掘るだけさ」  おもむろに出されたスーパーのチラシの裏には子供の頃によく遊んでいた神社の地図が書かれてあって、ある箇所に大きく丸印がつけてある。 「博士、これで探す気?」  地図は子供の落書きに近いほど荒く、神社という目的地付近までは連れて行ってくれるだろうが、結局は最後は自力で見つけなければならないくらいの精度だった。 「もちろん。みんな集まれば思い出すと思うんだよ。三人寄れば文殊の知恵って言うしね」 「今のところ僕は覚えてないけどね」 「あと二人いるから大丈夫さ」  あれだけ理詰めの博士がこういうときは理論もクソもなくなる。それならば僕の夢の話にも付き合ってくれればよいのにと内心思う。 「それでなんだけど、浩介と山田の連絡先を知ってるかい」  博士は意を決したように真っ直ぐにこちらを見ている。どうやらこちらの方が本題なのかもしれない。 「博士は知らないの」  質問に答える前に思ったことが口に出てしまう。 「知らないからこうして呼び出したんだろ。あの二人とは中学も別だったしさ。僕よりも社交的な洋平ならもしかしたらちゃっかり知っちゃってるんじゃないかと思ったんだ」 「博士が知らなかったら僕も知らないに決まってるでしょ」  僕と博士だけは同じ中学に行き、その後も付き合いが続いているが、あの二人とは僕も中学で離れたきりだった。あの頃は個人の携帯も持っていなかったし、その後に会う機会もなかった。何なら、僕と博士はどちらも社交的な部類でもない。 「じゃあ、タイムカプセルは二人で掘るってこと」  博士の中では掘り出すことはすでに決定事項らしく、不安そうに聞いてくる。 「見つからないと仕方がないね。一応知ってそうな人に聞いてみるけどさ」 「さすが、洋平。やっぱり僕よりも社交的だよね」  博士も僕も本当のところはたいして変わらないがこの場を収めるためにそう言っておいた。僕らはおそらく同窓会にも呼ばれる部類ではない。知ってそうな人なんてのもあてすらないくらいなのだ。
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