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あの日と同じように私は一人でおばあちゃんの書斎から夕暮れを眺めている。おばあちゃんから預かったあの皮の表紙の本を抱きしめながら。
おばあちゃんは知っていたのだろうか。今日この日におばあちゃんがもうこの場所にはいないことを? ゆっくりと降りてくる夕日は世界を怖いくらいに染め上げてく。
世界中がオレンジ色に染まって、木がぐんと空に影を伸ばし、わたしの家も昼と夜の境目に揺れるようにふるえた瞬間に、男の子の声がした。
「ジェーン! 遅れてごめん!」
眩しい光の中に影のような男の子が飛び込んできた。
「なかなかいい風が吹かなくてさぁ」
そんなことをつぶやく彼の顔は眩しくてよく見えなかったのに、赤い髪の毛がふわりと揺れるのが見えた。
そしてわたしの方に一歩近づく。
「やったぁ! 僕の物語書いてくれたんだね」
不思議なくらいに眩しいのに、彼がにっこりと笑ったのがわかった。わたしに手を伸ばす。夕日の魔法がわたしの体を石像のように固めてしまったのか、ちっとも動けない。でも、これは……
「ダメ! これはおばあちゃんに頼まれた大事な本なの」
ようやく声が出た。
男の子のシルエットがびっくりしたように動きを止める。
「あれ、ほんとだ君、ジェーンじゃないね。でも、」
夕暮れの光がゆっくりと色褪せて淡い青い色が世界を包み出す。目の前の男の子の顔を最後の光がさすように覆う。青い綺麗な瞳がまっすぐに私を見つめて輝いた。
「君も素敵な物語持ってるね!」
男の子の声が弾む。その向こうに、夏のヒースの気配がした。白いワンンピース姿の女の子が彼の前で笑っている。皮の表紙の本を大切そうに抱きしめているあの子。あの子をわたしは知っている。風の向こうから彼女を呼ぶ声が聞こえる。ジェーン、僕の物語を書いてよ。
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