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「お待ちください、宮様」
僕のシャツが、背後からくいっと引っ張られた。振り返ると、
「わたくしも共に参ります。宮様は、『祇園祭を楽しんで行かれては』とおっしゃいました。では、わたくしは、存分に楽しもうと思います。そのために、どうぞ、宵山を案内してくださいませ」
和泉式部がにっこりと微笑んでいた。そのまなざしに、頷かなければ手を放さないと言う頑とした意志を感じ、僕はやれやれと溜息をついた。どうやら今夜は、この姫君に付き合うしかなさそうだ。
「……それなら、一緒に行かはります?」
困りながらも微笑みかけると、和泉式部は、
「はい。どこへなりとでも」
と嬉しそうに僕の手を取った。
「……颯手」
誉がじろりと睨んで来たので、
「まあ、ええやん。ちょっとぐらい案内してあげても。満足したら帰らはるかもしれへんし。それにこのお人は、害があるようには感じられへんよ」
と言うと、誉はガシガシと頭を掻いた後、
「確かに害はなさそうだ。――考えてもみれば、現世と異界がごっちゃになっている宵山の夜に、平安時代の霊と山鉾を回るのも一興かもしれないな」
と苦笑した。
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