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「ほんなら、行こか。かんにん、愛莉さん。お待たせ」
状況が分からずとも、不満そうな顔はひとつも見せず、僕たちのやりとりが終わるのを待っていた愛莉さんは、こくりと頷いた。
「どなたかがそこにいらっしゃるのですね?」
僕の隣に視線を向け、
「神谷……」
誰もいない空間に向かい名乗ろうとしたが、その口を、誉が慌てて塞いだ。
「霊体相手に本名を名乗るな。名前には言霊が宿ってる」
「あっ、すみません。ええと、とりあえず、よろしくお願いします」
見えない和泉式部に向かってぺこりと頭を下げた。
「この女子(おなご)は、神谷というのですか。姿かたちは悪くない。わたくしの側仕えとして使ってやりましょう」
和泉式部は鷹揚に頷いたが、
「愛莉さんは、貴女のことが見えてへんから、側仕えは無理やよ」
と言うと、
「まあ!それはつまらないこと……」
十二単の袖で口元を覆い、不満そうな声を出した。
「ほんなら、今度こそ、行こか」
和泉式部の反応に苦笑すると、僕は歩き出した。握られている手は放そうと思ったのだが、手のひらを開いても彼女が放してくれなかったので、なぜかそのまま手を繋いで歩く羽目になってしまう。
「愛莉。はぐれるなよ」
誉が愛莉さんに手を差し出した。愛莉さんは嬉しそうに夫の手を握る。
僕たちはそれぞれに手を繋ぎながら、四条通を西へと向かって歩き出した。
◇
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