ある夜のこと

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ある夜のこと

 旧家が建ち並ぶ地を更に山手の方に進む軽自動車。林道にはポツリポツリと人が住んでいるのかわからないような家が見えるが、その行き止まりに鳥居が建っている。  エンジンを切ると夜深き静けさが耳鳴りを感じさせる。白装束を纏った女は車から降りると、小さめのボストンバッグを片手に、懐中電灯で先を照らしながら奥に進む。  数段の階段を上り、平地を進むとまた鳥居が建っていた。微かに聞こえる水の音。左には古池があるが、音の元となる場所は確認できなかった。  数十段ある階段を上ると広めの踊り場のようなところがあり、そこには小さな祠がひとつ佇むように建っていた。そこから更に長い階段を上ると、ようやくお宮に辿り着く。  だが女はお宮のあるところまでは上らなかった。階段の両脇は草木が生い茂っているのだが、その中に特別大きな杉の木が一本立っている。女はその杉の根元にバッグを置き、中から藁人形を取り出した。  再度辺りを懐中電灯で照らしながら注意深く確認すると、呟きながら釘でその人形を打ち付け始めた。 「何で私がこんな気味の悪いところでこんなことしなきゃいけないのよ・・。もう本当に嫌・・。消えてしまえ・・」  釘打つ音が響かぬよう、一回一回を丁寧に木槌で叩く。だが、その力が弱いとなかなか刺さってくれない。 「・・くそっ。・・腹立つ・・。何で私がこんな目にっ・・」  すると、暗がりであるにも関わらず、影のようなものを近くに感じた。 「見つけたぁ」  その声は耳ではなく、頭の中に直接響くような感覚だった。女は声のする方をとっさに見た。  目の前に映るは目と口が大きく開いた顔。暗闇でありながらも、人ではないことは認識できた。口の中に見える歯が見たこともない程に大きく、闇夜でも白く見えた。  女は思わず悲鳴を上げた。自分の声に自分自身も恐怖を覚える程だった。  不運にもそれ(・・)がいたのは階段の方。とっさに手に持っていた木槌をそれ(・・)に向かって振り下ろした。  手応えはあった。顔の辺りに当たったようだった。同時にそれ(・・)は痛みを感じているような声を上げた。  その隙に逃げようとしたが、闇が深く前が見えない。下に置いた懐中電灯を手探りに手に取ると、無意識的に親指でスイッチを入れた。そして、その光は意図せずして|それ≪・・≫を照らした。  すると、それ(・・)がいるはずのところが透けて見えた。一瞬だったが、不思議とそれが認識できた。だが、そんなことを確認する余裕はない。  女はそのままに階段を降りていった。
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