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十分後。 翔琉に告げていた駅前付近には、見慣れたボックス型の黒い外車が既に停っているのが分かった。 ――早いなぁ。 クールにそう感じていた心とは裏腹に、頬は自然と緩んでいくのを感じる。 翔琉も俺と同じ気持ちで、早く逢いたいと思ってくれていたのだろうか。 だとしたら、純粋に“嬉しい”。 逸る気持ちを抑えながら心織と駅前で別れると、俺は早急に駐輪場に停めていた自転車を回収し、そのまま翔琉の車の傍まで自転車を押しながら足速に近付いていく。 だが運悪く、俺は翔琉のファンらしき複数の女の子たちが停車している車内を覗き込み、翔琉本人に気が付いたところを目撃してしまう。彼女たちが騒ぎ立てたことで深夜遅くだというのに、それを聞き付けた周囲の通行人たちもまた騒めき立つ。深夜とはいえ、さすが都会だ。超人気俳優の登場に軽いパニックが起きていた。 途端に車周囲に近付けなくなった俺は、小さく溜息をつき自転車ごと進路を大きく変える。翔琉の車が見えなくなるところまで移動すると、大勢に取り囲まれている運転手宛へと小声で電話を掛ける。 『おい、何で独りで帰ろうとしているんだよ』 ワンコールもしない内に電話口へと出た翔琉は、明らかに怒気を孕んだ口調で俺へと告げた。 「違いますよ。どう見てもあの状態であなたの車に近付くなんてムリですよ。……俺なんて、スキャンダルにすらならないかもしれませんが、念の為に……今夜は俺、このまま自転車で帰りますから――おやすみなさい」 今夜は久々に二人きりになれるかも。 密かに期待していた俺は、予期せぬ展開に内心酷くがっかりしていた。だが相手は今をときめく超人気俳優。本心を翔琉に悟られぬよう理解力あるフリをした俺は、一方的に淡々と告げると、彼からの返事を聞くことなく通話終了のボタンに触れていた。 少し冷たかったかな。 自転車に跨った俺は、心のモヤモヤを立ち切るように深夜の冷たい風を全身に受けながら我武者羅にペダルを漕いでいた。時間が経つに連れて、先程の電話の件はもう少し別の言い方があったのではないのだろうか。独り反省する。 だって翔琉には、今日のバイトのこと……。 伝えてなかったというのに、大勢いるバイトの中から“俺”がいたことに気が付いてずっと終わるまで待っていてくれたんだ。 だというのに俺は、翔琉の為だと思って独り帰ってしまったけれど。 本当はもっと別の良い選択肢があったのではないだろうか。 日付け変わって一時間ほど経った頃、俺はようやく都内外れにある自宅へと辿り着いた。 リュックサックから他の荷物と共に取り出した携帯電話に、沢山の翔琉から着信と一件の留守録が残されているのに気が付く。 留守番電話に残されたメッセージを何気なく再生した俺は、そこで聞いた翔琉からのメッセージに軽率な自らの行動を酷く後悔したのだった。
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