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「店長、それって……どう、いう」 気が動転した俺は、単語で言葉を捻り出すのがやっとであった。 「カフェ的に高遠が上得意のお客様のご指名を頂くのは、利益率の関係から見てもかなり有難い。だがな、それはあくまで店と客としての関係で……」 口籠もる店長に、俺はいよいよ翔琉との関係が世間に気付かれ始めていることを予感する。 「……あ、の、俺」 震えながら話し始めた俺のその声が、自分の声では無いように自身の耳へと届く。思っていた以上に店長の言葉が、自身の心にダメージを与えていたことに気が付いてしまう。 「――高遠?」 狼狽えながら、店長はアイロンが丁寧にかかった白いハンカチを俺へと差し出す。 「悪かったな。泣かせるつもりは無かったんだ」 店長からの言葉で、俺は涙目になっていたことを知る。 「……実はな、オーナーの方に密告があったみたいなんだ。ウチの男性バイトが龍ヶ崎様を誘惑している、と」 肩を竦めながら店長は種明かしを始めた。 「“誘惑”、ですか?一体、誰がそんな……」 差し出されたハンカチを受け取らず、俺は自身の瞳を見開き、告げられた言葉を逃げることなく受け止める覚悟を決める。 確かに周囲を気にせず翔琉の車に乗り込んでしまうことがあったり、それこそダメだと分かってはいたけれど人目を気にせず……キス、してしまったこともあったかもしれない。 そりゃ、翔琉のファンが目撃したら一般人の()が彼に迫って“誘惑”しているとしか見えないだろう。 「あぁ。十中八九、龍ヶ崎様の熱狂的なファンもしくは過去にあの方と関係のあった女優やアイドルなんかの仕業だとは思うが……。だがな、他にも高遠をご贔屓して下さっている紫澤様も日本屈指の商社のご子息様だ。今は紫澤様も学生だから大丈夫かもしれないが、社会に出た途端、龍ヶ崎様と同じようなことが起きる可能性も無くはないだろう」 深刻な表情で告げる店長に、昨夜、翔琉からの留守番電話のメッセージに返信しなくて良かったと痛感する。 「幸い今、高遠はシフトがバラバラで龍ヶ崎様との接触もここ(、、)ではないだろうが、ほとぼりが冷めるまでは龍ヶ崎様の接客を控えてもらうぞ」 「……はい」 然るべき対応の指示に、俺は反発することなく素直に受け入れる。 「確かに龍ヶ崎様は、ハリウッドからもオファーがあるくらい俳優を地で行く華やかなお方だ。高遠は知らないだろうが、以前ディナータイムに出入りしていた頃の龍ヶ崎様は本当に女関係が派手で。そのせいで、色々と勘違いしてカフェを出禁になった上得意のお客様を俺は沢山見てきた。一流の者しか入れないカフェで、そんな(、、、)誤ちが起きるんだ。そりゃ恋愛に免疫が無い高遠だったら、性別とかは関係無しに、龍ヶ崎様の優しさを“好かれている”って勘違いしてしまうのは分かる」 ……え? 俺と出逢う前の翔琉が女関係が派手だったのは知っている。 だけど、翔琉が俺に今まで言ってくれた言葉は全て、俺の“勘違い”……なのだろうか。 俺に恋愛の免疫が無いから? 過去に出禁になった上得意のお客様と、俺は同じ運命を辿るのか? 否、店長から接触を控えるように忠告されているんだから、既にそのお客様たちと同じ運命を辿っているんだよな……。 でも、でも…… 昨夜、俺のことをバイトが終わるまで待っていてくれて。 留守番電話に残されていた、寝付けなくなる程俺を熱くさせた内容のメッセージを……。 ただの翔琉の“優しさ”として捉えるには難しい程、俺たちはこの一年で深い仲になり過ぎてしまっていた。 そう勘違いしているのは、俺だけなのだろうか。 唇を軽く噛み、俺は痛む胸を店長に気が付かれないようにそっと押さえていた。
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