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翌朝。 陽射しの割には冷たい霜月の朝の風を全身で切りながら、俺は自転車を漕いでいた。 家を出る前に偶然見てしまったテレビの星座占いでは、二月生まれの俺の星座である水瓶座は最下位だった。 朝から変なものを見てしまった。 そう思いながら俺は九時からいつもの高級カフェでバイトの為、それをぼんやりと見届けた後に家を出た。本当はもっと遅い出発でも間に合うはずだが、目が冴えてしまい落ち着かなかったのである。 それもこれも昨夜、翔琉からの留守番電話のメッセージを聞いてしまいよく眠れなかったせいだ。睡眠不足の理由を、つい翔琉のせいにしてしまう。 返信しようと思えば昨日の帰宅後にできたはずだったが、そうしなかったのは自分の意思である。 気怠い身体に染み入る朝陽を顔に受けながら、気を許すと耳奥に残る翔琉の声を俺は何度も思い出していた。 やがてカフェ付近にある東京タワーが視界に入っていたことに気が付く。 「……っ、これからバイトなんだ。集中しないと」 自分に言い聞かせるように小声で呟くと、慌てて目の前の交差点を自転車で右折し、そのまま勢い良く外資系ラグジュアリーホテルの麓まで立ち漕ぎをする。 気が付けば翔琉のことで頭がいっぱいになっている自分自身が本当に信じられなかった。 人気のないカフェの従業員出入口付近に、俺はいつも通り両足スタンドを立てて自転車を停める。 (かじか)む手でドアノブを開け、更衣室へ進むとそこには三十代半ばの男前の店長が先客として既に着替えていた。 「おはようございます」 軽く会釈し、店長の背後を通り自身のロッカーへと進む。 「おはよう。高遠、この時間の出勤久々だな。高校時代の長期休み以来じゃないか」 「……あ、そうでしたっけ」 昨日と同じ黒のフェイクレザーのジャケットを脱ぐと、俺はそのままハンガーに掛けロッカーへとしまう。 「――ここでバイトするようになってからもうどれくらいになるのか?」 一足先にギャルソンの制服へと着替えを終えていた店長が、唐突に俺へと尋ねる。 「そうですね……高二からお世話になったので、もう二年半くらいは経つかと」 指を折りながら俺は真剣に過去のことを思い返す。 「高遠は本当に偉いよ」 「――え?」 「ご家庭の事情で稼がなければならないとはいえ、一番遊びたい盛りに我慢してバイト三昧でさ。カフェ(ここ)だって男ばかりで出逢いもないし……こんな閉鎖的なところにいて、良い男たちに指名されていたら、いつの間にか変な錯覚……起こしちまうよな」 「……え?」 店長の言わんとすることが今一つ理解できず、戸惑いの表情を浮かべる。 「プライベートのことをあれこれ言うつもりは無いが、いつまでも常連の紫澤(しざわ)様や龍ヶ崎様とつるんでいる訳にもいかないだろ。あの方たちだって、それぞれに特別な相手がいない訳がないだろうし」 店長からの言葉に、俺は頭を鈍器で殴られたような錯覚に陥り絶句する。 水瓶座が最下位の影響がこんなに早く訪れるなんて。そう頭の片隅で恨めしく感じた。
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