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挨拶
この日。
千賀子は近所の人に挨拶回りをする事にした。
粗品を用意して。
101号。
ピンポーン。ピンポーン。
玄関のインターフォンを二度押してみる。
ーーどんな人が出てくるんだろう?
期待と不安が入り交じっている。
5分ほど、家の目の前で待っていたが、応答がない。
どうやら、留守の様だ。
夕方また来てみよう。
ーー隣はどうだろう?
ピンポーン。ピンポーン。
ドキドキしながら、私は102号の部屋のインターフォンを鳴らす。
5分ほど待ったが、この部屋の住人も不在の様だった。
また後から来てみよう。
続けて103号の部屋のインターフォンを鳴らす。
「ーーはーい」
甲高い女の声がする。
1分も経たないうちに、玄関のドアが開いた。ドアの向こうに現れたのは、すごくやつれた年配のおばあちゃんだった。
「今日からこのアパートで住む事になった鈴木と言いますが、ご挨拶に伺いました」
「わざわざいーのよ。挨拶なんてーーこのアパートは」
どことなく無感情な感じを漂わせるこの人が山下幸恵さんと言うらしい。
山下さんは終始、笑顔を見せる事なく玄関のドアを閉めようとした。
「あ、101号室と102号室の方は、何時くらいになったら会えますか?」
千賀子は聞いた。
「あぁ、あの人たちは引きこもりだから絶対に人には会わないわよ。絶対にーー」
山下さんはそう言い放った。
ーー会わない。
そんな風に言われると絶対に会ってみたい気分になってしまう。
しかし、本当に彼らは引きこもっているらしい。何時に来ても応答はない。彼らに挨拶するのはもう辞めようと思った。
結局このアパートで会えたのは山下さんだけだった。
変り者の集まるアパート「影」
昔、事件のあった部屋。
私は結構このアパートが好きに思えた。
こうしてこのアパートでの初めての1日が過ぎていく。
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