22人が本棚に入れています
本棚に追加
「おい! なにやってんだ、バカ!」
すごい剣幕に驚いて振り返れば、長袖の白シャツ一枚で猛ダッシュしてくる君が、見えた。
「だいち……どうして、こんなところに?」
「どうしては、こっちのセリフだ。バカ薔子!」
私に向かって突進してくる君から、逃げることもできない。受けとめることもできない。
橋の上で馬鹿みたいに立ちつくしているところを、タックルされた。腰と肩をつかまれ、私の顔は君の鎖骨に押しつけられる。
走ってきたばかりの君の心臓は、すごい勢いで脈打っていて、その当たり前のことに泣きそうになる。
「目が覚めたら、薔子、いなくなってて、すげえ怖かった……マジで」
「ちょっと散歩してただけだって。朝、早くに起きちゃったから」
「嘘だ!」
君は吼えるように否定して、骨が折れるくら強く、私を抱きしめる。
「苦しいよ」
「でも! 薔子、いなくなる気なんだろ? どうしてだよ。俺が重かったから、嫌いになった? 俺がガキくさいから?」
「違うよ」
「嘘つくなよ!」
「嫌いなわけ、ないじゃない。でも、私が君の負担になるわけにはいかない、だから」
「俺、学校辞める。いますぐ」
「大地!」
君の腕を振りほどこうとして、体をよじったけど無駄だった。力強く逞しい男の体に抱きすくめられて、身動きが取れない。
君は、いつのまにか、こんなにも成長していたのだと知って、泣きたくなる。
何度も抱き合ったのに、まるでわかっていなかった。君は、私が嫌がることは、なに一つしなかったのだ、と。
「学校なんて、俺が辞めればいい。あんたが辞めることない」
「それじゃ、意味がないのに」
「どういうこと?」
しまった、と口を押さえた時にはもう遅い。出てしまった言葉は取り消せない。
君の視線が痛い。
朝日はいつしか雲に隠れていて、川面からは薄ら寒い風が流れてくる。
橋の上にいる私たちを見ている者はいない。
最初のコメントを投稿しよう!