秋の空。

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 等と呟き、風呂も堪能出来た。いざ、と立ち上がろうとした時だ。誰かが洗い場へ入る気配。其方より響いてくる水音を聞きながら、錦は焦った。此の露天風呂は、一刀と己しか使わないからだ。  今しがた執務を終えたのだろう、此れはまずい。錦は、広い露天風呂の浴槽にある岩影に身を潜め、息も潜めた。どうするか、一刀と風呂にいるのは錦にとって良くない。一刀が出て行く迄隠れきれるだろうか。錦は、恐る恐る様子を覗き見る。薄暗い中に響く水が混じる足音、浴槽の方へ近付いてくる一刀が見えた。  美しく整った体より滴る水。疲労を感じる溜め息と共に、濡れた長い髪を煩わしげにかきあげる姿は、何とも言えぬ程の色気が漂っている。我が夫ながら所作ひとつに見惚れてしまう美丈夫だと、ついうっとり眺めてしまう錦。だが、此処で何時かのはしたない記憶も甦ってしまった。顔に籠る熱、そして傾いていく己の体。  其の水音は、離れて湯に浸かっていた一刀の耳へ届いた。 「何だ……?」    風呂を改めて見渡す一刀。一方の錦は、宙に浮くような不思議な感覚に最早抗う事も出来ずにいた。つまり、湯に浮いているという様。 「錦か?!おい、どうした……!」  岩影の方に、湯に浮く人影を見付けた一刀が慌てて駆け寄る水音と、叫ぶ様な声が響く。歪んだ錦の視界には一刀の険しい表情が見えた、気がした。
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