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「知らん。落ち込んでるのに根掘り葉掘り聞くのもどうかと思って聞いていないからな。知りたいならば、自分で調べるといい」
それがうまくいく第一歩だぞと勧める井上に従い、山縣は頷いた。
すると、井上は興味深そうにニヤッと笑った。
「なんだ、山縣も那須野が原で牧場とか農業をしたいのか?」
「ああ」
今さら遅いと揶揄られるかと山縣は思った。
井上は機を見て、電光石火で動く男である。
その勢いと果断に富んだところが井上の魅力であり、経済界まで影響力を持つ理由となっていた。
慎重な伊藤の背中を押すのはいつも井上の仕事だった。
もっとも井上の汚職を伊藤が庇ってくれるので、持ちつ持たれつなのだが。
「いいんじゃないか、東京や山口以外に自分の居場所を持つのも。軍や政府の中だけしか見ないと、見識も狭まるし」
「井上……」
「それに、お前、友達いないし」
井上は笑いながら言ったが、山縣は言葉に詰まった。
山縣は部下は多いが、友達や仲間と呼べる存在はいなかった。
伊藤や井上は同じ長州ではあるが、常に内政を重んじる非戦派であったし、軍にも山縣と同じく戊辰戦争を戦った三浦梧楼らの長州人もいたが、奇兵隊の頃から山縣と不仲で対立している。
桂太郎や寺内正毅ら部下はいるが、山縣の周りは寂しかった。
「農場を始めて、違う繋がりを持つのも悪くないだろう。山縣はいつも文化人ぶろうとしているが、農場とかのほうが合っていると思うぞ。庭造りも好きだしな」
井上の言葉通り、山縣は庭造りを趣味としていた。
和歌や漢詩や書も好んだが、作庭は出色のものである。
東京にある『椿山荘』も山縣の作庭趣味が大いに反映された場所だ。
今もアフタヌーンティーの場所として大人気の椿山荘は、東京にありながら庭の美しさも素晴らしい。
山縣三名園の一つである。
山縣は渋沢がなぜ土地を手に入れられなかったのかを調べた。
その結果、渋沢が拝借願を出していた伊佐野は明治になって官有地となっているものの、御一新までは地元の入会地であったとわかった。
矢板に住む人々は、伊佐野の地でこれからも薪や落ち葉を拾いたいと考え、官有地が渋沢に払い下げられるのに反対したのである。
「これは反対するだろう」
山縣は反対した地元住民たちに同情した。
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