第28話 暗殺者

1/1
前へ
/75ページ
次へ

第28話 暗殺者

「こんにちは。また会えましたね」  ――なぜこいつがここに。  その丁寧な口調も、恐怖にしか感じなかった。  暗殺者の男の手には、俺の首に当てられていたであろう短剣。  男は、自分から見て出入口側に立っている。  戦わずに逃げるのは不可能だ。  だが、クロはいない。カイルもいない。  一人で戦おうにも……この男はおそらく、戦闘員として専門の訓練を受けているだろう。  さっきも、背後を取られていたのに気配がまったくしなかった。俺の勝てる相手ではない。  どうする……。  俺はこの国の人間ではない。この国の中枢とは無関係だ。この前はたまたま国王に同行していただけだ――そう釈明して、命乞いすれば。  もしかすれば、この場は何とか…………  ……なるはずはない。  この男は、遺跡で大一番の仕事に失敗した。それは決して小さな失敗ではなかったはずだ。原因はもちろん、俺にある。  そして今日、こちらが一人になるのを見計らって登場した。  逆恨みでの復讐。それくらいしか理由が見当たらない。  ――やはり玉砕覚悟で戦うしかない。  震えの隠せない手で、腰の剣を抜こうとした。  それを見た男は、閉じていた口を開け、やや慌てたようなそぶりを見せた。 「落ち着いてください。僕は今すぐあなたと戦うつもりはありません」  そう言うと、足元に短剣を置き、両手を上げて戦意のないことを示してきた。  逆光なので表情はよく読み取れないが、声の調子は鋭くない。 「どういうことだ?」 「今日は、あなたにお願いがあって来ました」  ――暗殺者が、俺と交渉?  意味があるのだろうか。俺は政治家でもないし軍人でもない。 「お願い? 俺は民間人だぞ」 「もちろん知っています。そのうえでのお願いです」 「……油断させておいて、拳銃で殺す気か」 「拳銃は持ってきていません」 「信用できない」  仕方ないですね――。男はそう言うと、ジャケットを脱いで床に置き、上半身はTシャツ一枚の恰好になった。  そしてズボンのポケットを引っ張り、外に出した。  確かに、拳銃は持ってきていないようだ。 「…………」 「どうですか? これで信用していただけましたね」  相手は丸腰だ。  俺はまだ帯剣している。  今、剣を抜いてこちらから仕掛ければ、逃げられるだろうか?  ――いや、ダメだ。  気配を察知されて、相手が短剣を拾うほうが速いだろう。  次のチャンスを待ったほうが……。  だが、次のチャンスなんて訪れるのだろうか。  やはり無理してでもここで……。 「では、あなたも剣を置いていただけると――」 「ぅぇっ?」  ……しまった。裏返った声が出てしまった。  大失策だ。今ので、頭の中で検討していた内容がバレた。 「もしかして……今、だまし討ちしようと考えていました?」 「えっ? まあ……」  あ。  ああ……。  混乱してミスがミスを……。  男が短剣を拾う。  今度こそ終わった。殺される。 「……」 「……」 「…………」 「…………」  男が息を吐きながら、頭を掻いた。 「剣を遠くに置いてください」  ――ダメだ。言うとおりにしよう。  今どうにかできる可能性は、確実にゼロになった。  人通りが少ない場所とはいっても、誰かが偶然発見してくれる可能性もある。  その可能性をできるだけ上げる方針でいこう。  そのために、これからおこなわれるであろう話を、ひたすら引き延ばす。  それしかない。  俺は剣を壁際に置いた。そして元の場所に戻った。  それを見て、男も再度短剣を置いた。 「今のは聞かなかったことにします。さっき脅して無理矢理ここに連れ込んだのと差し引きゼロ。それでどうですか」 「あ、ああ。わかった」 「ではテーブルを用意します」  男は、部屋の端に立てかけてあった背の低いテーブルを、部屋の中央に置いた。  こたつのようなそのテーブルの前で、俺は正座をした。  男も正座をする。  お互い、武器は手の届かないところにある状態だ。 「僕はヤガミ・タケルという名前です。タケルと呼んでください」 「オオモリ・リクだ。もう名前は知っているんじゃないのか?」  お互い自己紹介する必要はあったのだろうか。  男も俺の名前はすでに知っていただろうし、俺としても暗殺者の名前など別に知りたいと思わない。 「あの犬に感づかれないよう人ごみに紛れ、あなたが一人になるのを待っていました」 「……」  少しだけ、気持ちが落ち着いてきた。  時間が経ったからというのもあるが、もうジタバタしても仕方がない気がしたというのもある。  とにかく時間を稼いで、誰かが気づいてくれるのを待とう。 「先ほど言いましたとおり、今日はあなたへお願いがあります」 「どんなお願いなんだ?」 「我々に力を貸していただきたいのです」 「は?」  いったい何を言っているのか――そう思った。 「そちらの、テロリストの仲間になれって? いったいなぜ?」 「我々はテロリストなどではありません」 「テロリストじゃなければ何なんだ?」  どんな組織なのかも知らないのに、仲間になどなれるわけはない。  まあ、この前の国王暗殺未遂を見るに、ロクな組織でないことは容易に想像できるわけだが……。 「聞く覚悟はあるのですか?」 「……? どういうことだ?」 「我々の情報を詳しくあなたに教えて、そのうえで、あなたがこちらの提案を拒否した場合は……」 「ああ、なるほど。それを教えることは可能だが、その場合は『仲間に入らなければ殺す』ということか」 「はい。そういうことになります。今お互い武器を置いていますが、恐らく素手同士で戦っても、僕はあなたを殺せると思います」 「まあ、そうだろうな」 「……」 「……」 「…………」 「…………」  タケルはまた、頭を掻いた。 「ええと。そのうえで、聞く覚悟はあるんですか?」 「ない」 「……」  少し、目が薄暗さに慣れてきた。  彼を見ると、困ったなというような顔をしている。 「そんな顔をされてもな。中身もわからない組織には入りたくないし、聞いたら選択肢が一択になってしまうことも聞きたくない。それは普通だろ」 「そうですね……」 「……」 「……」  また妙な間ができた。 「じゃあ、問題のない範囲で教えてもらうというのはどうだ?」 「いいでしょう。少しお話します」  このタケルという暗殺者は、戦闘は得意なのだろうが、話はあまり得意ではないのだろう。  話の進め方を知らない者同士が話し合っているので、お互い訳がわからなくなってきている感じがした。 「我々は『人間』なのです」 「そりゃ人間なのは見ればわかる」 「その意味の人間ではありません。この世界の、人間を称する者たちとは違う『本当の意味での人間』ということです」 「本当の意味での人間?」 「そうです。そしてあなたも人間。つまり我々は同志というわけです」 「……? さっぱり意味がわからない。もう少し補足をしてほしい」  話の内容は、まったく要領を得ない。  本当の意味での人間などと言われても、新手の中二病としか思えなかった。 「少しわかりづらかったですか。ではそれも説明させてもらいます」  いや少しどころじゃねえよ、と突っ込みを心の中で入れる。  今度は、ボロッと口から漏れてしまうことはなかった。だいぶ落ち着いてきた証拠だ。 「あなたは、遥か昔から来た古代人ですよね」 「何でそれを知っている? お前に言った覚えはないぞ」 「それは今言えません」 「なぜ……いや、いい。続けてくれ」  突っ込んで聞こうと思ったが、少し思い当たるところはあった。  話を続けるよう促す。 「我々は、あなたの時代の流れを直接くんでいます」  タケルの表情が、気のせいか若干誇らしげになったように見えた。 「あなたはこの時代に来て、文明のレベルが妙に低いと思いませんでしたか?」 「ああ、思った。何があってこうなったのだろう、とね」  もちろん、僕もその時代を生きていたわけではありませんが――そう前置きして彼は続けた。 「あなた方の文明は、一度崩壊しています」 「……!」 「そして、あなた方の時代の文明を引き継いだのは我々です。今のこの世界の自称人間たちではありません」 「な、何だと……?」 「我々が拳銃を持っていることがよい証拠です。この国の者たちは持っていないでしょう?」 「……」 「我々の組織こそが人類の歴史では本流で、今この世界にいる自称人間は亜流なのです。亜人と言ってもよいのです。  我々は高度な文明を持つ真の人間として、同種であるあなたをお迎えしたいのです」  ……。  この世界の文明のレベルが高くない。  その理由について、『一度文明が崩壊した』というのは、今までまったく考えたことがなかったわけではない。  だが……。  なぜ崩壊したのか、なぜこいつのグループだけは文明を引き継げたのか、今のこの世界はなぜ文明の発達が妙にゆるやかなのか……等々、とにかく謎が多い。  謎はそのままで、結果だけを今知らされても、混乱が増すばかりだ。 「す、すまん、ちょっと頭が整理できない……」 「そうですか……」  またタケルのほうは困り顔だ。  どうしたものかという感じなのだろう。 「話にならんな」  突然、目の前のタケルとは違う声。  その声は、彼の背後から聞こえてきた。  はっきりと聞き覚えのあるものだ。  彼の背後の壁。この部屋に入ったときは薄暗くて気づかなかったが、片引き戸があったようだ。  それがスッと開いた。 「タケル、やはりお前では無理だ。ここから先は私が代わる」 「……」  あらわれた男は、予想どおりだった。  俺の素性を知っていて、そして俺が今日神社に行くことも知っている人物――。  筆頭参謀のヤハラだった。
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加