第37話 常識

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第37話 常識

 城の会議室。  先日砦を攻める前、軍議のために使った部屋である。  中央に少し大きめの円形テーブルがあり、そこに国王、参謀二人、女将軍、ランバート、俺の六人が座り、クロがテーブルのすぐそばでお座りしている。他の将軍については外出中であり、城にはいないとのこと。  集まってもらった目的は、もちろん神の件である。  神社での件、神が城まで来るということになったため、国王以下首脳陣に急いでせつめいせねばならなくなり、緊急で会議を開いてもらったのだ。  意外なことに、神が実在したという点については驚く者がいなかった。  神を見たことはないが、存在を疑ったこともない――この時代ではそれがスタンダードであるらしい。  クロの姿を見て霊獣降臨と信じて疑わない人が続出するくらいだ。人々の信心が深い時代なのだろう。  しかし、俺と神とのやりとりについて詳細な報告をおこなうと、すでに内容を知っている女将軍とランバート以外、皆呆れ顔となった。  何してんだお前、というような微妙な空気が会議室に充満している。  どうも、俺が神に対して取った態度が問題視されているらしい。  上座に座っている国王も、ため息をついて、片手を額に当てていた。 「まず、神降臨ということについては喜ばしいし、余も国を代表して歓迎したいと思うところであるが。お前、相変わらず危なっかしいことをするな……」 「やっぱり俺の対応っておかしかったですか?」 「そりゃそうだ。普通人間が神に説教したあげく降りてこいなんて要求するか? 無礼すぎる。ここに死体で帰ってきていた可能性もあったのではないか?」  諸葛孔明にしか見えないコスプレ参謀も追撃してくる。 「陛下のおっしゃられるとおりだ。お前のやり方はこの私ヤマモトにも全く理解できぬ。この前の襲撃事件もそうだが、なぜ自殺志願者のようなことをするのか。万一神が激怒するような展開になっていたらどうするつもりだったのだ」 「すみません。つい勢いで……」 「また得意の『勢い』か。軍事もまつりごとも勢いは大事であるが、同時に慎重さも必要である。バランスが取れていなければ参謀としては務まらぬぞ?  私ヤマモトであれば、喜んで神にひれ伏し、最大の努力をもって神の望みを見事叶え、そしてこの国の永遠の繁栄と豊穣の約束を神に取り付けたことであろう」  バランスが生まれつき崩壊していたであろう男の大言壮語は放置するとして。  ヤハラの時と一緒で、かなり危険なことをしてしまった感じか。  今度は、もう一人の参謀、ウィトスが口を開いた。 「陛下やヤマモトが言うように、君の身が危なかったということもあるけれども……。あとはこの国や、この世界の人間、そして君の時代の人間の評判にもかかわってくるからね。カテゴリの違う存在に会うというときは慎重にならないといけないよ」 「評判?」 「そう、評判だ。神は頻繁に人間と面会しているわけではないんだよね?」 「ええ。俺が飛ばされた面会用の空間は、俺のように召喚された者しか呼び出せないと言っていました。話を聞く限りでは、前回人間に会ったのは九年前で、その前は二百年前まで遡るようです。地上に降りれば誰とでも面会できると思うのですが、今までそれをしたことは一度もなかったそうで……」 「なるほど。それだけ稀有なケースになるとなおさらだな。君は人間を代表して神に会ったと言ってもいいくらいの立場だったんだよ」 「代表、ですか?」 「そう。例えばだよ。いま君が交流のないずっと遠くの国の人に会うことになったとする。そうしたら、その遠くの国の人は、君を通してこの国の人間を量ろうとするだろう。君が無礼なことをすれば、この国の人間は無礼な人が多いのだなと想像してしまうわけだ。  つまり、そのケースでは君にその気がなくても、この国を代表していることになるわけだね。そういうときはいつも以上に慎重にならないといけない」 「……」 「ひょっとしたら神は、今回の君の態度を見て、君の時代の人間は、神に対して『やりたいことがあるなら降りてきて自分でやれ』と言い出す不遜な者ばかりなのかと勘違いしたかもしれないよ」  ――なるほど。  俺がおかしなことをすると、神の世界における「平成の世の人間たちに対しての評判」が全体的に下がってしまうことになるかもしれないわけか……。  あの時はそこまで頭が回らなかった。  無神論者だからという言い訳は、もちろん通用しないだろう。もう少し自分の立ち位置を冷静に考えて話を進めるべきだった。 「すみません、なんか俺、何が無礼かがよくわからなくて」 「ははは。私は今回のことで君のことを低く評価するつもりはないけどね。こういう考え方もあるということで、今後の参考にしてくれればいいよ」 「まあまあ、陛下にヤマモト殿にウィトス殿。リクの態度はさておき、こうやって無事に城に帰還したわけであるし……。神も降臨なさり、敵組織との戦いに加わってくださるということであれば、流れは完全に我々にきているとみてよいと考える。めでたいことではないか」  女将軍がフォローを入れてくれた。 「そうだな。まさか神が降りてくることになるとは。楽しみで仕方ない」  今度はラウンド髭のランバートが、笑いながら感想を述べた。  俺の態度には批判が殺到しているが、神が城に来るということ自体については全員が大歓迎な模様だ。 「では宴会の用意をしておくか。余から爺に言っておく」 「あー、宴会ですか……」 「ん? 何か心配でもあるのか?」 「いや、あの神様、なんか変わっているというか、ちょっとアレな感じだったので……常識がないというか。宴会のような場は大丈夫なのかなあと」  とりあえず、俺は不安しかない。  挨拶の仕方とか知っているのだろうか? 握手のために手を差し出されたときに、はたしてその意味がわかるのだろうか? ナイフやフォークの使い方を知らないんじゃないのか? フィンガーボウルの水を飲むんじゃないか? いや……そもそも神はメシを食うのか?  会ったときの神の印象だと、どんなトラブルが起きても不思議ではないような気がした。 「……」  ――ん?  なぜか国王が黙ってしまった。  他の人達も全員言葉を発しないまま、沈黙が流れる。 「あれ? どうしました?」  俺がキョロキョロして聞くと、国王がこの場を代表するように口を開いた。 「リク、お前の口から『常識』という言葉が出てくるとは思わなかった……」  むむむ。  女将軍とランバートのほうから、クロが祈ったときの話も聞きたいというリクエストがあり、それもこの場で発表することになった。  一度休憩をはさみ、再び会議室に集合した。  姿が全員に見えるように、クロには椅子の上にあがってもらった。 「クロ、神社の霊獣像の前でお前が聞いたことを話してくれ」  クロに話すよう指示する。  俺もまだ聞いていない内容だ。神と一体どんなことを話したのだろうか。 「わかった」  クロが報告を始めた。それを俺が復唱して通訳する。  クロも、今回は俺と同じく面会用の空間に飛ばされた。  そこで待ち構えていたのは、やはり神だったようだ。  前回声だけの出演だったときは、神から「頼みがある」というところで中断してしまっていたので、今回はその続きから始まった模様である。  神の望みとは、失われてしまった人間と犬とのつながりを復活させること。  そしてクロに対しては「犬が人間にとって重要なパートナーとなれることを自らをもって示し、範としての役割を果たす」ことを希望しているそうだ。  具体的にどうすればよのか聞いたクロに対し、神は「すでに私の意図に沿った動きをしてくれており、絆はわずかに復活の兆しがみられようとしている。このままの調子で頑張ってくれればよい」と言ったそうだ。  そして神はクロにここまでの働きを感謝し、面会は終了となった模様である。  一同、小さく頭が上下に動いており、なるほどという顔だ。  ヤマモトが最初に口を開く。 「クロ殿が呼び出されたのも、神の意思だったということであるな」 「ええ。どうもそのようですね」 「ふむ。神がその関係の再構築を望むのであれば、こちらも何かできることがあればよいのだが」  羽毛扇で顔の下半分を隠しながら、思案するヤマモト。  それを見て、ふと思い出したことがあった。 「そういえば、神社の巫女が『仔犬を捕まえたら飼育してみます』って言ってましたよ? 彼女が上手くいくようだったら、話を聞いてみるといいかもしれません」 「ほう。なるほど。ではそうしてみるかな」  何となく、ヤマモトは下手に接して噛まれる気がするが。  躾けるのは他の人がやるだろうし、まあ大丈夫かな? 「ところで。クロくんが会った神は、オオモリ・リクくんが会った神と同一なのかな?」  ウィトスが疑問を出した。これは俺も同じ疑問を持った。  クロに聞いてみよう。 「クロ。俺も神に会ったんだけど。クロの会った神って、人型だった?」  クロは少し視線を外し、思い出すような仕草を見せた。 「いや、私を大きくしたような姿だったと思うが」 「じゃあ俺が会った神とは違うんだ。へえ」 「ほう、別の神さまだったわけだね。なるほど」  なんとなくそうだとは思ったが、神は一人ではないということだ。  神界? にはたくさんいたりするのだろうか。  まあ……その辺を俺が知ったところで知識としては役に立たないだろう。 「クロはその神に呼び出されたってことでいいのか?」 「ああ、私を呼び出したのはその神で間違いはない。そう言っていた……」  クロは俺と違って移管されることもなく、呼び出した神本人が担当になっているようだ。 「陛下は何か質問ありますか?」 「いや、質問は特にない。特にない、のだが……」 「だが……?」 「クロのほうは面会が円満に終わったのだな。暴れた誰かさんとは大違いだ」  むむむむ。  ***  ずっと話をしていたので、脳が糖分不足になっている。頭が重い。  手足にも少し痺れを感じる。  ――俺、持久力ないのかな。  国王などは、いつも人と会っているか書類を決裁している印象がある。一日中頭を使っているはずなのだが、あまり疲れている顔を見たことがない。  自分だったら絶対に無理だと思う。 「兄ちゃんおかえり」 「ただいま……反省してます今後は気を付けます」 「あはは。どうしたの」  また部屋に戻ってきてベッドに一直線。うつ伏せでバタンだ。  カイルが例によって上に乗ってきて指圧が始まる。 「ダメだ、俺常識ないわ」 「常識? ははーん、神さま降臨の件かな。注意されたんだ」 「お前、鋭いな。大正解だ」 「やっぱり。まー、兄ちゃんはこの時代の人間じゃないんだし。仕方ないでしょ」 「はー……。この時代の人じゃないからだと信じたい……」 「よし。じゃあ兄ちゃんの武術の師匠であるオレが、ありがたい言葉を授けよう」  そういえば、こいつは俺の師匠だった。  年齢的には少しバランスの悪い関係だ。  だが、伊能忠敬などは二十歳近く年下の学者に弟子入りしたと習った記憶がある。教える学ぶの関係に、年齢はあまり関係ないのかもしれない。  しかしカイルはいきなり何だろう?  とても胡散臭い。 「はいはい、弟子の俺が有り難く聞きますよ」 「へへへ。常識にこだわり過ぎていると、そのうち常識の範囲内で守ることしかできないようになっちゃうよ。非常識の発想もなければ攻めていけない」 「……」 「ん? 何。黙っちゃって」 「いや、なるほどって思って」 「ふふふ。実は、町長さんの言葉をそのまんま言っただけ。少しは気が楽になったでしょ?」 「なんだよ……。お前が今考えたのかと思って『すげー』とか思っちまったじゃないか」 「へへへ。剣を教わっているときに言われたんだよ」 「ん? お前、町長の弟子だったのか」 「あれ? 知らなかった? オレは剣術も体術も町長さんに教わってるよ」  どうやら俺は、町長の孫弟子になるということらしい。  それは少し嬉しいかも。
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