第39話 再登場

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第39話 再登場

 神降臨から一週間が経過した今日。  城では、降臨を祝うパーティが開かれていた。  どんなかたちでやるのだろうと思っていたが、立食形式での昼食会となった。  使われている場所は、城正面の広い庭である。  この場所、この形式にした理由――それを爺に聞いたところ、「人がいっぱい来るから」というごもっともな回答が返ってきた。  たしかに、人がたくさん来るのであれば屋外のほうが広くてよいし、城の庭なら水堀で囲まれているので、出入り口は限定されている。持ち物検査もしやすく、セキュリティという面でも安心だ。  現在、開始から一時間くらい経過している。  神は、一番門側に置かれたテーブルのところにいる。俺のところからは少し離れているが、背が高すぎるため、どこにいるのかはすぐにわかる。  今は立派な服を着た人に囲まれている。偉い人が入れ代わり立ち代わり、神に挨拶をしているようである。  神は内心面倒だと思っているのかもしれないが、事前に口酸っぱく言っておいたので、今のところ顔には出ていない模様である。  自分としては、神が問題を起こしたりしないだろうかと心配だった。なので、パーティが始まった直後から観察をしていた。  最初は、国王が神のすぐ隣にいた。  談笑かと思いきや、国王はノートのようなものを片手に、真剣な表情で神と会話をしていた。  会話の内容まではわからなかったが、国王はこの前「せっかく神が来てくれているのに忙しくてゆっくり話を伺う時間がない」と愚痴をこぼしていたので、相談したかったことをここで消化したのだろうと思う。  三十分くらいしたら、国王は頭を下げて離れていった。  もっと話したそうな顔をしていたが、他の参加者へ気を遣ったのだと思う。ずっと二人で一緒に居続けると、他の人が入り込めないだろうから。  その後も今に至るまで、チラチラと神のテーブルをチェックしてきたが、今のところ特に問題はないようだ。  心配しすぎだっただろうか?  ――ふう。  少し緊張が解けてしまったのか、どっと疲れを感じてしまった。  俺は、この場に城関係者以外の知り合いなどいない。だがクロの姿を見ると、参加者が寄ってきてしまう。そのため、結果としていろいろな人と話をすることになってしまった。  もともと、あまり人が集まる場は得意ではないし、このような場で偉い人との会話を楽しめるタイプでもない。神の様子も気にしながらの対応だったので、かなり消耗はしたと思う。  少し頭がクラクラする。酒を飲んでいないのに、酔っているような感覚がある。  料理もまだ一口も食べていないが、いまいち食欲は湧かない。 「あ、いた! リク!」  ――げっ。この声は。エイミーじゃないか?  振り向いたら、やはり孤児院の子供たちだった。勢揃いだ。 「お前ら、来てたのか」 「予定より遅れてしまって、さっき来たばかりよ! 町長さんも来てるわよ。門でカイルさんと話していたので後で来ると思うわ!」  なんと。町長も来ているのか。  久しぶりに会えるのだろうか。  例によって、また子供たちの抱き付きタイムとなる。  軽く抱き付いたり、手や頭を触ってくる程度なら別に構わないのだが……。  されるがままでいると、この子たちはさらに踏み込んできてしまう。一人一人それぞれの趣味に走り、尻を揉んだり、袖をめくって上腕を撫でてきたり、胸を触ってきたり、シャツをめくって腹筋を触ってきたり、ヘソをくすぐってきたりと、非常にヤバい行為に及んでくる。そうなる前にストップをかけることが極めて重要だ。  俺は戦いへ臨むに準じた覚悟で、エイミー以下、ジメイ、エド、レン、カナの順番で抱擁し、無事に乗り切った。  彼女らはその後、また順番にクロとも抱擁していた。前に会ったときと一緒だ。  この場にいないカイルについては、現在は門の兵士と一緒にいて、入場者をチェックしている。  彼は「オレはヤハラと暗殺者の顔を覚えているから」と、自主的にその役を買って出たのだ。せっかくのたらふく食える機会にそんな役をやらせてしまい、正直かなり申し訳なく思う。  俺も敵二人の顔はしっかり覚えているので、町長への挨拶が終わったら交代してあげようと思う。  ……の前にトイレだ。ずっと行けなくて我慢していた。 「じゃあ、俺はトイレに行ってから町長に挨拶して、そのまま門のカイルと交代してくるから。お前らはせっかく来たんだから、料理をつまんどくといいよ」 「はーい。今日はリクの部屋に泊まるから、よろしくね!」  またか。  ***  クロと一緒に城のトイレに行ったら、長蛇の列ができあがっていた。  参加者があれだけ多いと、こうなってしまうのも仕方ない気がした。  ただ、これ以上我慢できる気もしない。漏れそうだ。 「うむ。かくなる上は外で立ち小便か」 「わかった」 「いや、クロ。今のは律儀に返事しなくてもいいぞ……。独り言みたいなもんだ」  いったん、城の建物から出た。  会場になっている表庭には行かず、そのまま建物をぐるりと回り、城の裏のほうに回った。  城の裏側は、そんなに広くはない。  狭い裏庭があり、その外側には木が植えられ、その向こうはすぐに水堀となっている。  よし、そこの木のところでしてしまおう。  城の建物を背に、一番手前の木に向かい、パンツのボタンを外してモノを出す。  そして照準を合わせ、括約筋を緩める。 「ふー、やっと出せた」  我慢していたせいか、細く長く出続けている。  なかなか出し終わらないので、首を回して周囲の景色を確認した。  全体的に暗く、ジメっとした印象がある。  城の建物が南向きなので、裏側は北風をまともに受ける。そのせいか、植えてある木も少し種類が違っていた。  芝生もここだと日照不足で育てられないのか、グラウンドカバーは特に何も植えていないようだ。露出した土には、ところどころコケが生えている。  景色を確認したあと、左斜め後ろにいるクロを見ると、いつもの顔で俺のほうを見上げていた。  ……が、急に耳をピンと立て、左側に首を回した。 「クロ、どうした?」 「……その角から、誰かが近づいてくる」 「え? パーティの参加者じゃなくて?」 「わからない。だが少し様子が変だ。気を付けろ」  誰だ……?  クロが見つめる先、城の建物の角を、俺も凝視する。 「こんにちは」 「……!」  現れた男は、もうこれで三度目の遭遇になる。  以前に遺跡で俺を拳銃で撃ち、そして首都の神社で俺を拉致した、暗殺者タケルだった。  ――なぜここにこいつが……。  門以外に入れる場所はないはずなのに。  クロが俺の一歩前に出た。そして少し唸り、低く構える。  俺も腰の剣を抜いた。  タケルの格好は、過去二回の登場時とは違う。  身体に密着したウエットスーツのようなものを着ている。腰には小さな袋を付けていた。右手には、短剣……。 「お前、もしかして水堀を泳いできたのか?」 「そうです」  ビショビショのようには見えない。今泳いできたというわけではなさそうだ。早めにこちらに入り、どこかに潜伏して会場を見張っていたのだろう。  今日は、門と会場の警備に人を割いている。それ以外の監視は少し疎かになっていてもおかしくはない。そこを突かれたか。 「一人か? ヤハラもどこかにいるのか?」  もし、会場のほうにもこいつの仲間が潜り込んでいた場合、国王ら参加者の身が危ない。  そう思って聞いたのだが、彼は表情を翳らせ、そして意外な答えを返してきた。 「今日は一人です。ヤハラは……処刑されました」 「処刑? どうしてだ?」 「失敗の責任を、取らされて……」  そう言うと、胸に手をやり、握る仕草を見せた。  ウエットスーツに皺が寄る。 「責任って……。ヤハラはお前の上司だったのか?」 「はい。上司です。教育係でもありましたが」 「そうか……それは残念だったな……」 「はい……」 「……」 「……」  ――何だこの間は。  しかもトンチンカンな会話をしてしまった。  残念も何も、俺はそのヤハラに先日殺されかけている。  こいつが心底無念そうに言うので、つられてしまった。 「えっと……。お前は何をしに来たんだ? 俺の前にあらわれたということは、それなりの用があってのことなんだろ?」  気を取り直して問いかける。  タケルはややうつむき気味のまま、目だけ合わせて答えた。 「はい。あなたを、殺しに来ました」  心臓がドクンと一回、大きく拍動した気がした。  やはりそうなのだ。 「上から、今日のパーティで国王を暗殺しろ、もう失敗は許されない――という指示がありました」  俺はそれで確信した。  敵組織は、もうこいつを捨てる気なのだ。  ヤハラのように処刑まではしないが、もうこの先で使う予定もない。懲役などにするくらいなら、敵地に特攻させたほうがいい。そしてうまく国王を道連れにしてくれれば万々歳――。それくらいに思っているのだろう。  見たところ、今日も拳銃を持っていないようだ。それはもしかしたら、もう生きて帰ることはないということで、持たせてもらえなかったのかもしれない。 「……。その指示で、国王じゃなく先に俺の前に現れたのは、任務よりも『復讐』優先ということなのか? ヤハラが俺のせいで死んだから、と」 「僕はあなたのせいで死んだとは思っていません。ですが、ここであなたを殺せばヤハラが少しは浮かばれるような気がしまして……」  会場は警備がかなり厳重だ。なので、先に国王のほうに行った場合、暗殺に成功したところで、タケル自身も確実に死ぬことになるだろう。そうなってしまうと俺を殺すことはできない。  よって順番としては、単独行動を取る可能性がほぼゼロの国王よりも、先に俺のところに来るというのは正しい判断だ。俺が単独になったところを狙って殺し、国王を殺して玉砕という段取りだ。  しかし、その順番にしたということは……。  タケル自身もすでにここで死ぬ気である、ということになってしまう。  ――本当に、それでいいのか? 「生きて帰る気はないんだな?」 「なんですか、いきなり。勝てる気でいるのですか」 「そういう意味じゃない。お前は捨て駒にされているんだろ?  一人でこんなところに送り込まれて、拳銃も持たせてもらえず、『もう失敗は許されない』って……。それはどう考えても、特攻して死んでこいという意味だよな? お前はそれで納得しているのか?」  一瞬の間はあったが、返事はイエスで返ってきた。 「はい。それで構わないから来ているんです」  言い切ってはいるが、言葉に力強さはない。 「そうか。じゃあ戦う前に少しこちらの話を……ああ、これは決して時間稼ぎしたいとか、死ぬのが怖いからちょっとでも先延ばしにしたいとか、そういうのではなくて……あ、ごめん。今のはちょっと嘘だ。やっぱり死ぬのは怖いな。ん? いや、そのへんはお前にとってはどうでもいいのか。  えっと、この前俺は神社でお前の話を最後まで聞いただろ? だから今度は、お前に俺の話を聞いてほしい」 「……いいでしょう。殺す前に少し話を聞く程度なら」 「そうか、ありがとう」 「いえ」 「……」 「……」  また変な間ができた。  神社で会ったときも思ったのだが、なぜ彼はいちいち丁寧に返事をするのだろう。 「じゃあ話すぞ」  俺は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。  そして今にも飛びかかりそうな姿勢のクロに「ちょっとだけ待ってくれ」と伝え、話を始めた。 「さっき、ヤハラが俺のせいで死んだとは思っていないと言ったな? お前は『自分のせいで死んだ』と思っているんだろ?」 「なぜそんなことがあなたにわかるんですか」 「その反応はやっぱりそうなんだな? お前は顔や仕草に出すぎなんだよ。俺もそういうところがあるみたいなんだが、お前はたぶん俺以上だぞ?」 「……」 「処刑の原因になった『作戦の失敗』というのは、どれも実行役は主にお前だったよな?」 「はい」 「で、お前は失敗したが、その責任はお前では取れず、上司であるヤハラが取ったと」 「……そうですね」 「俺はもちろん、今のお前と全く同じ状況になったことはない。けど、気持ちは少しだけわかる。自分で責任が取れない、取りたくても取れないって、結構つらいんだよな」  レベルはまったく違うが、俺もアルバイトをしたときに同じように思った経験はある。  店に損害を与えてしまったとき、下っ端のアルバイトには責任を取ることが許されない。代わりに上司にあたる社員が責任を取ることになる。  自分で賠償して終わりにできるなら楽なのに――そう思ったことはある。  タケルのケースは、それを極端にしたような感じだ。  自分は死んで責任を取ることが許されず、代わりにヤハラが死ぬことになった。  これは相当きついはずだ。バイトの話の比などではない。 「何が言いたいんですか? 同情されたくはありませんが」 「そっちがされたくなくてもこっちがしてしまうんだよ。人間ってそういうもんだろ」 「……」 「お前、まだ子供だよな」 「十六歳です」 「十六歳か。この時代の平均寿命が何歳かは知らないけど、まだこれからの年齢だろ。ここでバカな命令に従って命を捨てることはない」 「バカな命令だなんて思っていません」 「いいや、バカな命令だ。お前も薄々わかっていると思うが、もう今の段階では国王を暗殺しても遺跡の発掘がずっと中止になることはない。国はしばらく混乱するだろうが、落ち着いたらすぐに発掘が再開されるだろう。  だから暗殺はもう無意味……いや、すでにそっちの『組織』がこの国の発展を押さえつけること自体が、すでに不可能な段階に来ていると思うんだ」 「……」 「もうお前が戦う意味はない。お前がここで特攻して、それが成功しようが失敗しようが、この先の歴史は変わらない。もう流れはとめられない段階に来ている。だからここでお前が死ぬのは、ただの無駄死にだ。何の意味もない」  タケルがうつむいて唇を噛む。  ――行けそうだ。提案しよう。 「どうだろう。思い切ってこの国に投降したらどうだ? お前がどういう教育を受けてきたのかは知らないが、お前たちが亜人と呼んでいる人たちも、同じ人間だ。それは過去から来た俺が言うんだから間違いない。だから、降伏することでお前の人間としての価値が下がるとか、そんなことは断じてない」 「……」 「今降伏すれば、国王の暗殺未遂とかの罪には問われるかもしれないが、敵組織の重要参考人ということで死刑にはならないと思う。情報提供もしてもらえれば罪を軽くしてもらえるだろうし、そうなれば人生をリセットしてやり直せる」  この時代の法がどうなっているかは細かく確認はしていない。  しかし、敵組織との決戦がこの先に控えているであろう今、この少年については参考人として必ず生かしておくはず。  そして情報提供に協力的で、敵組織との戦いで大きな役割を果たすことになれば、その罪は十分に軽くしてもらえると思う。間違いない。  ――もう一押し。 「あと、お前は戦闘員には致命的に向いてないよな?」 「……! そんなことはありません」 「そんなことはあるだろ。どこの世界に『こんにちは』とご丁寧に挨拶して登場する暗殺者がいるんだよ」 「……」 「お前は自分の頭で考えられない人間じゃないだろ? このままここで暗殺者として死ぬのか、それともこちらに来て人生をやり直すのか。どちらの道を選ぶべきなのかは明らかなはずだ」  ……。  勢いで話してしまったが。  タケルの表情は少し硬化している気がする。  彼はまだ若い。  もしかしたら、急に追い込みすぎて反発を招いてしまったのだろうか。  少し……喋りすぎたか? 「何を話しだしたかと思えば。偉そうなお説教でしたか」  げ……。  しまった。やはりダメだった。  どうする? もう少し話は続けられるだろうか。 「これは説教じゃないんだ。俺だってそんな自慢できる人生は送ってきていないし、当然偉くもない。むしろ自分でも嫌になるくらいダメな自覚はある。でも今話したことについては、そんなに間違ってはいないはずだ。よく考えてくれ」  冷や汗が出てきた。  まずい。ここまで話して決裂すると、もう戦うしかなくなる。 「……僕は降伏なんてしません」  彼の表情は、動揺や迷いを完全に断ち切って、という様子には見えない。  これ以上この会話を続けることは、自分の存在を危うくする。だから打ち切る――そんな感じだ。 「あなたはここで殺します」  タケルはそう言って短剣を構えた。  クロがそれに反応した。サッと俺の横に来て、毛を逆立てる。 「ちょ、ちょっと待った! もう少し俺の話を――」 「聞きたくありません!」  地面を蹴って、突っ込んできた。
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