祖母からの手紙

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祖母からの手紙

―――――――――― (あきら)へ あなたは口数が少なく本ばかり読む子だから、おばあちゃんは少し心配しております。 いまのあなたに必要なのは、誰かのあたたかさにふれることです。書物もそのあたたかい心から生まれたものですが、人はやはり、人そのものと交わるべき生き物です。 晃。あなたはまだ若い。 世界にはね、文章に表せなかった物語がたくさんあるの。ずっと、ずっと、昔から。 これは、大人になったばかりのあなたへのおばあちゃんからの宿題。 『桜逢瀬(さくらおうせ)』を造ってください。 同封した標本箱にあるサクラチョウが『桜逢瀬』の原料です。標本をすり潰したら、このフィルムケースに入れてください。ちょうど、ひとつに収まる量でしょう。 あなたが眠るとき、フィルムケースを握ってください。 『桜逢瀬』が、あなたを出会うべき人へと導きます。 『桜逢瀬』さえあれば、海の向こうか、はたまた時を超えた先まで行けるかもしれません。おばあちゃんも膝が悪くなる前は、『桜逢瀬』を使ってよく旅をしていました。あんまり楽しんだものだから、もう原料がこれしかないの。おそらく、『桜逢瀬』一回分しかないと思います。 晃。成人おめでとう。五人いる孫のうち、『桜逢瀬』を託すのはあなたが一番いいと、おばあちゃんは思いました。目が悪くなり本が読みにくくなったおばあちゃんに、あなたはたくさんの物語を教えてくれた。 そのお礼をさせてちょうだい。 『桜逢瀬』の旅を終えたら、おばあちゃんにこっそり教えてね。 あなたの澄んだ瞳で見つけた、誰も知らない物語を。 花柳(はなやぎ)敏子(としこ) ――――――――――
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