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別れと出会い
光太郎は今日も彼女に連絡が取れなかった。
彼女は友人達と3日間の卒業旅行に出かけていた。
明日帰る予定だが、連絡が取れないのだ。
夜も10時を過ぎた頃携帯電話が鳴った。
彼女からだ。着信音で分かった。
「ゆいちゃん、何やってんの?
連絡もしないで心配するじゃんか!」とチョット言葉に力が入った。
「あ、もしもし光太郎さんの携帯ですか?」
と男の声がした。
ビックリして、
「あなたは誰ですか?」
と聞くと。
「函館警察署の渡井と申します。河野結衣さんをご存知だと思いますが、失礼ですがどういったご関係ですか?」
と聞いてきた。
「函館?どうして函館なんでしょう。なんで結衣の携帯がそこにあるんですか?
結衣は…、僕の彼女ですが友人達と卒業旅行に出かけて九州に行ってる筈ですが。」
と光太郎は言った。
「んん~それはこちらでは分かりませんが、間違いなくこの函館のドルチェホテルに1人でチェックインされたのは間違いありません。
そしてその日ホテルを出られてから今まで帰って来られていない。
今日夕方、従業員が部屋を再確認して帰ってきた形跡がないし、
携帯にも出られないという事で警察に連絡がありました。
しかも書かれた住所も該当しませんでした。名前は間違いないようでしたが。
ですので、河野結衣さんの持ち物を確認させて頂きあなたに連絡差し上げたという事です。この携帯電話にはあなたとこのホテルからしか着信履歴がなく、他の発信履歴も登録番号も何もない状態です。それに財布や本人を確認する物もない。ですので河野結衣さんの連絡先を教えて頂きたいのです。
行方不明になられた可能性がありますのでご自宅に連絡を取りたいのです。」
「分かりました。」
と光太郎は言うしかなかった。
結衣の両親から連絡があった。
両親も光太郎が知る同じ内容の事しか結衣から聞いていなかった。
光太郎も直ぐに函館に飛んで行きたかったが、明日追試を受けなければ進級が怪しかった。
2日後函館に飛んだ。警察の渡井刑事から事情を聞いた。
先日電話で聞いた内容で特に進展はなさそうだった。
光太郎のアリバイも聞かれた。
それから目撃者もなく有力な情報も得られないまま3ヶ月が過ぎた。
結衣の両親には何度か会ったが掛ける言葉も見つからなかった。
行方不明者として告知されたが一向に情報は得られなかった。
そして半年が過ぎ1年を迎えようとしていた。
光太郎は夕食をしながらTVを観ていた。
あまりTVは観ない方だったが、結衣の事があり観るようになっていた。
そのTV番組はひき逃げ事件の犯人を追うと言う番組だった。
犯人は自転車に乗ったおばさんを轢き殺して逃げていた。
そのおばさんの親類や仕事先の関係者などのインタビューを行っていた。
福祉施設に勤めていたようだった。
その時、インタビューを受けてるスタッフの後ろの方で椅子に座って食事をしている女性が映った。
あっ、結衣と思った。すぐに画面が変わって見えなくなったが間違いないと思った。髪は少し伸びていてたが、結衣と同じ左利きだった。
食い入るように番組に集中した。
青森市の福祉施設だった。
すぐにネットでその施設を探して電話してみた。
当直のスタッフで要を得なかった。
それにひっきりなしに電話が鳴っているようだった。
結衣の特徴を言ってそういう女性がいるかどうか尋ねてみた。
個人情報は教えられないとあっさり断られた。
もうそこに行くしかないと決心した。
翌朝早く新幹線に乗った。東京駅で青森1泊のツアーにした。
日帰りで確認する自信がなかった。
新青森駅に着いたのはお昼頃だった。
腹ペコだったのでシジミの入ったラーメンで腹ごしらえをした。
そこからタクシーで施設名を言って向かった。
10分もかからなかった。胸がときめいて張り裂けそうになった。
自分の見間違いの可能性もある。
結衣が居なくなって一時期ショートカットの女性を見ると彼女に見えた。
タクシーはその施設の玄関前まで行って止まった。
それほど大きな施設ではなかった。
玄関を入ると右側に受付があった。
受付の奥は事務所になっていて数名のスタッフがいた。
覗きながら頭を下げると、1人の女性が気付いた。
「すみません。お忙しいところ。
実は、……。」
事情を話した。そしてこの女性です、と言って写真を見せた。
そのスタッフは、
「あっ」
と言って光太郎の顔を見た。
「少々お待ち下さい。」
と言って奥のデスクに座っている男性の所へ行った。
事務所の会議室に通されその男性と向かい合った。
「この女性は河野結衣さんという方ですか。そうですか。
確かにこの施設にいらっしゃいました。
あのTV取材があった時まで。しかしそれから行方が分かりません。
半年前位にここの玄関の階段に座っているのをスタッフが見つけました。
どうなさいました?と声をかけても返事はなく。
ここはどこでしょ?と尋ねられたそうです。
警察にも連絡しましたが結局、届出は無いとの事でした。
施設としても困りました。
ご自分の事は一切わからない。名前も住まいもお年も。
よく見ると後頭部に怪我をされたような痕がありました。
仕方ないのでこの施設にお預りするしかなかったのです。
実際、痴呆症の方が行方知らずになって身元不明のまま施設に預けられているケースは結構あります。
しかし河野さんはお若い方ですし状況は全く分かりませんでした。
この施設では色々と手伝いしてくれました。
こちらから依頼する事は一切ありませんでしたが、おじいちゃんやおばあちゃんの話し相手になったり一緒に散歩したりしてました。
そして突然いなくなった。1ヶ月程前です。その日の朝スタッフが見かけたのを最後にいなくなった。警察にも通報しました。しかし見つからなかった。」
施設長は丁寧に詳しく話した。
光太郎は肩を落とした。しかし生きていてくれた事に感謝した。
結衣の事を話してくれた施設長に謝意を述べ施設を出た。
今日は一旦、ホテルにチェックインして明日探してみよう。
と思った。
朝モーニングを食べてチェックアウトした。
どこに行くあてもないまま海岸線へ歩いた。
40分程行った所に海峡フェリーの発着場があった。
函館を往復しているようだ。
広い駐車場の先にはブルーラインのフェリーが停泊していた。
もしかしたら結衣もここに来たのかもしれない。
函館からフェリーで。しかし軽装でしかも携帯電話をホテルに置いたまま。
無理がある。無理があるだろう。と頭の中で考えると全くまとまりがつかなかった。もう一度あの施設に行って散策しようと思った。
随分歩いた。
タクシーで行っても良かったが歩きたいと思った。
ひょっとしたら何か結衣の痕跡を見つけられるかもしれないと思ったからだ。
結衣が時々散歩していたという近くの湖に着いた。
桜の木に覆われた公園がある湖だ。
一体どこへ行ってしまったのだろう。
心の中で結衣と叫んだ。
湖に架かった橋が見えた。
その先にはベンチがあり数人の人が座っているようだった。
その内の一人が立ち上がり橋を渡り始めた。
もう日が暮れ始めていた。こっちは日の入りが早くすこし肌寒い。
歩いてくる人が段々と近付いて来て、はっきりと顔が分かった。
……結衣だった。間違いなく結衣だ。
光太郎は身体が震え出した。歩く事も出来ず立っているのが精一杯だった。
そして結衣はちらっと光太郎の顔を見た。少し笑ったような気がした。
結衣が通り過ぎようとした時、
「すみません。」
と振り返りながら言うと、
結衣も振り返った。
「ここへはよくいらっしゃいますか?」
「……分かりません。」
「そうですか。」
「僕の事、分かりませんか?」
「ええ、分かりません。」
「僕は内倉光太郎といいます。
覚えていませんか?」
「分かりません。」
「僕はあなたの事、よく知っている。
って言ったら信じてもらえますか?」
「ええ信じたいです今は。でも暗くなったら忘れてしまいます。
それでもいいですか?」
光太郎は目頭が熱くなるのを感じた。
「君が分からなくても僕が教えてあげます。
なんだって教えてあげます。
僕が知る君の事を全て。
でもこれから先は君と僕とで刻んで行きましょう。
もし今日の事を忘れたら明日僕が君に話してあげます。
君の名前は、河野結衣。歳は21歳。住まいは東京。
何度だって教えてあげます。
そして、僕の大事な大事な人です。
ずっと探してました。君の事。
君のお父さんとお母さんも待っています。何があったのか分かりませんが、
帰りましょう。
君の家へ。
そして僕の所へ。
光太郎は結衣をゆっくりと引き寄せ、
その細くなった身体を抱きしめた。
結衣は
「……あっ!」
と言った。
身体は冷えて少し震えていた。
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